令和8年2月分 金剛寺住職法話
【金剛寺住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】
毎月1日の法話は、SNSを扱えない人達(檀家のご老人達など)の為に、コピーして配布させて頂いているものです。中には、会社の社長さんも何人かですが、この1日法話をコピーして、社員さん達に配布されている会社も。そうした意味合いから、少々長文になっておりますので、鬱陶しいと思われる読者さんは、どうぞスルーしてくださいませ。
【はじめに】
節分の話を少しだけ。仏教において鬼というは、煩悩や欲望を強く持つ人の心に住み着き、災いのもととなる存在と。そのため「鬼が住む煩悩や欲望を追い払う」という意味から、節分の豆まきが室町時代から浸透していったと。昔から豆には、鬼などの悪いものを追い出したり、退治したりする効果があると言われてきました。前述した通り、鬼は災いのもとと考えられていたため『魔(ま)を滅(め)っする』から、豆をまく事で鬼を退治しようとした訳ですね。つまり豆まきには、魔除けや邪気払いの意味があるという事ですね。
また、節分には炒(い)った豆を使うのが一般的ですが、その理由は昔話と関係があります。昔、人を食べる鬼に神様が「この豆から芽が出たら、人間を食べてもよいが、出ない内に人を食べたら罰を与える」と鬼に豆を渡しました。鬼は神様から貰った豆を蒔くのですが、待っても待っても芽は出ません。なぜなら、その豆はあらかじめ、炒(い)ってあったものであったから、という話です。この事から節分の豆まきには、炒った豆を使うようになったと。因みに、わが寺では、子供達が参拝出来る様に毎年、2月の第1日曜日に節分法要を。豆以外にお菓子や餅などたくさん蒔くので、大変喜んで参加されます。お接待は、大根炊きを。1年間、健康で過ごして行けます様にと、祈念してですね。
令和 8 年 2 月分 金剛寺住職短文法話集
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1月も終わり、もう2月になりましたね。今年は午年(うまどし)ですが、午年の歴史を考える時に、どうしても脳裏を過ぎるのが、やはり『丙午(ひのえうま)の迷信』ですかな。今の若い人達には「丙午(ひのえうま)の迷信だってか、何のこっちゃ」でしょうが。丙午(ひのえうま)は、60年に1度巡ってきますが、女の子が丙午の年に生まれると、その子の人生は縁起の悪いものになる、という迷信があるんですよな。直近の丙午は1966年ですが、この迷信の為に、この年(1966年)の出生数は、約136万1000人で、前後の年よりも約50万人も少なかったとの事でして。「女の子は不幸になる、とわかっているのに」といった事が、出生数を減少させる理由になっている様で。1966年の年に生まれた人は、今年は還暦を迎えます。出生率にまで影響を与える『丙午(ひのえうま)の迷信』とは、どの様な歴史上の背景があるんでしょうかね。
事の起こりは、江戸時代にまで遡(さかのぼ)ります。江戸のある八百屋さんに『お七』という娘さんがおりまして、1683年の1月にお七の家の付近で火災が発生し、お七の家も焼けてしまいました。その為に一家は近くのお寺に避難し、そこでしばらくの間、暮らす事になるんですが、お寺には、生田庄之介という寺小姓がおりまして、その若者とお七は、恋仲になりました。けれども、その内にお七の家が建て直された為に、一家はお寺を出て家に戻ることになりまして。その時、お七はまだ15歳だったので、結婚出来る年齢でもなく、お七と庄之介は離ればなれになってしまいました。この時からお七の苦悩が始まったんですな。
お七は何とかして、また庄之介に会いたいと思い、ある事を思いつきました。それは、2人が出会えたのは、元の家が焼けたからなので「また家が焼ければ、庄之介に会えるのでは」と考え、自宅に放火してしまったんですな。幸いな事に、この火事はすぐに消し止められましたが、お七は放火罪でつかまり、火あぶりの刑に処せられてしまいました。この様に不幸な人生を送った八百屋お七が「丙午(ひのえうま)」の生まれだった事から『丙午の年に生まれた女性の人生は、縁起が悪い』と考えられる様になったのだと。ただし、これはあくまでも迷信で、実際に丙午(ひのえうま)の年に生まれた人が、運の悪い人生を送っている、というデータはないとの事にて。だが、昨年の国会では「令和8年は丙午にて、出生率が減るのでは」なる議論が起こったとの事。
男女の付き合いにおいては、両方が午年生まれだと、活力、独立心、勤勉さなどの面でぶつかり合う為、一時的に燃え上がる事はあっても、お互いに疲れてしまい、長続きしにくいとの事。そんな午年生まれと最も気が合うのは、寅年生まれだそうです。寅(とら)年生まれの特徴は『行動派であること、そして、正義感が強いこと』だそうで、午年生まれも行動的なのですが、同じ様に行動しながらも、寅年生まれが持ち前のリーダーシップで、午年生まれを引っ張っていくので相性がいいと。まあ、こうした事も迷信と言えば、迷信ですかな。
因みに、拙僧の妻は、1966年生まれの丙午(ひのえうま)で、拙僧は1962年生まれの寅年にて、だからかな、非常に気が合って、結婚して今年で38年になりますが、これといって喧嘩をした事がありません。ただ、30歳代に2度ですが、家内からまじ蹴りを喰らった事がありまして。恐らく、踏んではいけない妻の地雷を踏んだ様で。何故に蹴られたかは未だに、その理由は聞いておりません。家内は、拙僧を蹴り飛ばした後「よし」と一言発してすぐに、いつも通りの対応を拙僧に。家内の気性は女性っぽくなく、竹を割った様な人で、やはり午年(馬)生まれだから、手よりも先に足が出るのかな、と拙僧、そう勝手に思っております。
さて、今年2026年の干支は、その『午(うま)年』でして。馬は本来、常に前進する動物であり、後ろを振り返らずに前へと進むその姿は、夢に向かって突き進む人の象徴でもある事から、前向きなエネルギー・成功・繁栄のシンボルとして、日本人に長く親しまれてきました。新しい年のスタートに「挑戦」「目標」「飛躍」など、ポジティブなイメージを重ねたい方にとっては『午(うま)』はまさに、理想の干支ですよな。神社に奉納される「絵馬」は、もともと馬が神様の使いとされていた事に由来しております。願いを馬に乗せて届ける、という信仰から始まり、今でも多くの人々が初詣でで、絵馬の奉納をされておりおます。
【昭和という時代】
さて、話はコロッと変わりますが、先月の1月7日は、昭和天皇の祥月命日(1989年没、行年89歳)でしたね。拙僧は今年64歳になります。天皇といえば、未だに昭和天皇の印象が強いですね。昭和は激動(第二次世界大戦を含む)の時代。世相(世の中、人々の考え方)の流れを止めるは、至難の業にて。人がそう動くからには、そう動くだけの理由というものが必ずあるもの。第二次世界大戦に限らず、その時代に生きてない、そうなっていった本当の理由を知らない人間が、あれこれとそれについて批判するは、違う様な気がしますね。一旦動き出した世相の流れを収める対策は「静かになるを、待つべ」しかない様な気がします。。
田中角栄元総理が「戦争を知っている世代が、政治の中枢にいるうちは心配はない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が、政治の中枢になった時が、とても危ない」と。これは真理ですね。如何に多くの知識を持っている人でも、経験の伴わない知識者は、ただの『物知りさん』でしかない。ただの『物知りさん』では、実戦では役には立たないですもんな。所謂「本の中だけで、生きてんじゃねえよ」ですわな。
拙僧妻の妹は、英国人に嫁いでロンドンに住み、28年になりますが、その妹の双子(当年25歳)の兄弟は、毎年日本(わが寺)に。その双子(母親が日本人なので、英語も日本語も流暢)が小学生の頃「おいちゃん(拙僧の事)、ロンドンの小学校では、授業で『この戦争を起こさない様にするには、どうすれば良かったと思いますか」とディスカッションをさせられるんだよ」と。これには驚いた。日本では、戦争の名称と年代を覚えさせるだけ。臭いものには蓋をして、掘り下げない授業を。国によって、こうも違うとは、ですね。
この話は余談ですが、その昭和天皇の孫、秋篠宮さんがわが寺の近くのホテル(北九州、現在は廃業して取り壊されてます)に宿泊された特、料理を担当したが、わが寺の檀家男性(ホテルの料理長)でしたが、彼曰く「1つ1つの皿に『こんなに少量(ちょびっと)でいいのか』と思える程の料理を配膳しました。住職さん、知ってましたか、聞くところによると、天皇家は料理を残すという事をしてはいけない、という事を」と。一般国民にはわからないが、天皇家は、どれだけ律した生活をされているんでしょうね。人の範であり続けるというは、大変な事にて。気の休まる(安まる)事(時間)って、あるんでしょうかね、天皇家は。
先日、ある檀家の若者に「第二次大戦後、ドイツは東西に、朝鮮国は南北に分断されて、未だに両国間でわだかまりがあるだろ。思えば、日本も敗戦国にて。大阪、名古屋辺りで分断され、東日本、西日本に区切られて、日本人同士で歪みあっていても、不思議ではなかったはず。が、実際はそうなってはおらず、世界でも稀に見る平和な国にて。大戦直後に誰が動いてくれて、今の日本の礎を築いてくれたのかは知らないが、80年前に誰かが動いてくれたは、間違いない事実ではないかと思うんだよね。他国(日本以外の国)の人達が非難している『A級戦犯』と言われる人達の中にも『何かしらの働き(後世に平和)をしてくれた人がいるのではないか』と、そう考えたら、近くまで行ってるのに、ついで詣りとはいえ、靖国神社に参詣しないという選択肢はないかな、と拙僧個人はその様に思ってるだけだよ。まあ、何にせよ、昨今の様(風潮)に、全ての情報(SNS、週刊誌、ワイドショー、噂話など)を鵜呑みにする『決め付けデカ』の様な考えで、その時代に関わった人(戦前、戦中)を非難するは、あかん様な気がするんだが。日本の為に戦って、死んでいった人達を、せめて日本人だけは、貶(けな)してほしくないかな、と思う」と、この読者の若者に。
令和 8 年 2 月分 金剛寺住職 臨時法話
拙僧法話読者の女性が「今年の1月5日投稿の法話(占い、風水)を、ほうほう、と頷きながら読みました。ところで住職さん、家相についてはどうでしょうか。玄関の位置が悪いとか、便所、風呂の位置が悪いとか、気にされる人が日本人には、数多にいる様に思われるのですが」と拙僧に。対し「確かに、気にされてる人は多い様な気がしますね。その手(家相)の相談ですが、結構に受けますよ。その相談者さん達に絡んでいるは、大半が拝み屋(僧侶)さんみたいですね。そうした思い悩んで相談に来た人達に拙僧『毎日毎日、そのトイレで大便小便をさせてもらって、毎日毎日、その風呂で心身を綺麗にさせてもらって、癒してもらってくさ、誰にそう(便所の位置、風呂の位置が悪いから、悪い事が起こる)言われたかは知らんですが、毛嫌いする前に、有難うございます、と感謝する方が先でしょ。常に、有難うございます、の心で使わせてもらってごらん。心にも余裕が出来て、大概の事は超えていけますばい』と、家相を気にする人達に進言してますよ」と。
続けて拙僧、この読者女性に「家相の相談者さん達には、決まって次の事例を紹介しています。以前に『家相を見てください』と、わが寺の檀家さんを通じて依頼をされた事があってですね。その家に赴くと『友人に紹介された拝み屋さんから、この家の家相は滅茶苦茶です。家の改造をしないと命に関わる病気になる、大変な事故に遭う』と言われたとかで。その家の人達が落ち込んで拙僧に『本当に家を改造しなければいけませんか。改造する様なお金がありません』と。対し拙僧、この家族に『確かに、その拝み屋さんの言う通り、家相で言えばこの家は、鬼門の方角(北東)に玄関があり、玄関を出て、5メートル先には、他人の墓が100墓以上も。仏壇を裏鬼門の方角(南西)に置いて、仏壇の正面(顔)を鬼門の方角に。他にも家相から見て、いちゃもんを付けようと思えば、1つや、2つはあります。だけど、この家を購入して30年、と言っておられましたよね。これまでに、なんか気になる事でも起こりましたか』と問うと『いえ、別に何も』と。『そうでしょうね。これだけ、ご先祖さんや親を大事にすれば、これだけ家族間同士が労わり合えば、玄関から出て、その墓地群に、おはよう、と毎日声を掛ければ、こんな人達に何が起ころうかいや。感謝を持って生活すれば、この先も人並みの苦労以外は、恐らく何も起こらんですよ。家相を良くする為の改造なんて、要らんこと、せんでよか』と、このご家族に。大事な事は、心の持ち様だよ、と相談者達にはこの様なお話を」と、この読者の女性に。
最後に、この読者女性が「住職(拙僧の事)さん、心の持ち様関連で何か他にも、今後の教訓になる様な話がございますか」と。「なんぼでもあるよ。じゃ、面白いところを1つだけ、話しましょうかね。あれは15年程前になるかな。拙僧の法話を読んだという女性が、関東からわざわざ足を運んで来られ、拙僧に『私の心の中に、得体の知れない者が3人住みついていて、苦しんでいます。神通力があると評判の祈祷師に11年間、今日までに合計数百万円の祈祷代を支払ってお祓いをして頂きましたが、一向に改善の兆しが』と拙僧に泣きついて来られてね。その女性が言葉の端々で『3人、3人』と連呼するので、拙僧『人には言えない隠し事や、目を背けて逃げている事が、3つ程あるんじゃないですか』と問うと、頭から湯気でも出しそうなほど腹かいて『私は親にも、主人にも、隠し事などしてません。なんて失礼な』と言って、その時は怒って帰っちゃったのよ」と。
続けて拙僧、この読者女性に「それから1年ほど過ぎた頃だったかな、また、その女性から電話が掛かってきて『私の事を覚えておられますか。あの時は失礼しました。住職の指摘は、ピンポイントだったので、驚いたのと、見透かされたのとが混じって、恥ずかしさから、あの様な態度をとってしまいました。目を背けて逃げていた事(3つ)を片付けたら、心の中にあった3つの影が出てこなくなりました。有難うございました』という連絡が拙僧に。人間は、片付け易い問題は、サッサと片付けるが、片付けるに難儀な問題は、後へ後へと残すもの。身に覚えのある事は、いつまでも心の中からは、消えないですもんな。自分以外のものに責任を転嫁したって、何の解決にもならんですもんな。これも、心の持ち様の話かな」と、この読者の女性に。
話はコロッと変わりますが、檀家の若者が「番組『酒のツマミ』で志村けんさんの話題が。千鳥大吾さんが『コントの時に志村さんが、台本は読んでくるな。与えられた題材をその場で対処しろ。感性を研ぎ澄ませろ』と言われたと。石野陽子さんは『志村さんと柄本明さんとの台本なきコントの最中に、自分のタイミングで入ってこい。間(ま)は教える事は出来ない、と言われたと。その間(ま)が、それで良かったのか、悪かったのか、注意された事や怒られた事が1度もないから』と。小藪さんは『志村さんのコントは、場面が変わったら、置いてあった小道具(猫の置物が、小さいのが、顔を入れる為に大きいのに変わる、など)までもが変わる。ある程度まで話が進んだら、初めの場面と辻褄が合わない方が面白い、の考え方をされる。新喜劇を創る時の参考になった』と言われておりました。凄いな、と思いながら、その番組を見ていましたが、志村けんさんのその極意が、今一つわからなくて。これ、わかりやすく説明が出来ますか、住職さんは」と。
対し、拙僧「その番組『酒のツマミ』は、拙僧も見たよ。君の疑問に対する答えになるかどうかはわからんが、例えば、拙僧は講演会(今日まで200回以上)に呼ばれた時、原稿を書いた事が1度もない。講演時間60分の約束で呼ばれても『まだ、話してください』と、その場で参加者より突然に要望が。そうなった講演会は何度もあった。最長で5時間を超えた講演も。原稿など書いて行っても、何の役にも立たないからね」と。
続けて「拙僧は、講演で話しながら、参加者の顔の表情、目つき、小さな仕草まで、会場の隅々に目を配っている。『この話には、興味がないんだな』と感じたら、話の流れは変えずに、いきなり内容(話し方まで)をガラッと方向転換させていく。すると聞き手(講演参加者)さんは『んっ、何だ。何が始まったんだ』と、また、興味を持ち始めてくれるからね。志村さんのコントの『序盤、中盤、終盤』の辻褄を合わせる必要はない』というは、こういう事(んっ、さっきと違うぞ、どういう事だ、と視聴者に再度興味を)だと、拙僧はそう思うけどね。人生も当にそうだろ。その場、その場、その瞬間、その瞬間が、ぶっつけ本番、やり直しはなし。無理に辻褄を合わせようとするから、おかしな事になっていくんだと、拙僧はそう思うよ」と、この若者に。
すると、この若者が「話はちょっとずれますが、辻褄(つじつま)をどうにかして(無理矢理に)合わせ、こじつけてくるといえば、私は『拝み屋さん』の事が頭に浮かんでくるんですよね。拝み屋さんは、辻褄を合わせる事(こじつけ)に必死ですもんね。そして最後は、その辻褄が行き詰まり、打つ手がないから脅し文句を連発。そこまでされてやっと、騙されていた側が気づくんですよね」と。対し拙僧「そこまで言うからには、君は拝み屋さんとの間で、何かしらの因縁があったんだな」と返すと「ありましたね、私個人の事ではないですが。両親が拝み屋さんにどハマり(陶酔)して、何年も大変な事態(高額布施)に」「へえ、そうなんだ。人間の世界が様々進歩していっている中で、最も進歩していない部類に、拝み屋さん(騙し信仰)も入るかもしれないね。拙僧がお寺に生まれて63年、信仰の世界で仕事(僧侶、住職)を始めて42年、結構な数の拝み屋さん関連の相談を受けてきたが、洗脳する手口や言葉は、パターン化(大半が脅し。病気になるぞ、災難に遭うぞ、死ぬぞ、など)されてるもんね。そのやり方、やり口は、ずっと変わってないという印象があるもんな」と。
更に続けて拙僧、この檀家若者に「先程の話に戻すが、僧侶の後輩達から『法話のコツを教えてください』と偶に聞かれる事があるんだよね。聞かれたら『心を落ち着かせる為に、原稿は書いても構わんが、現場(壇上)には持って行ったらあかん。沢山の人を前にしたら、大なり小なり頭が真っ白になる場面が起こる。真っ白になったら、自分にしっかりと身に付いている経験(懺悔)が、最初に口を突いて出てくる。そんな話の方がリアリティがあって、聞く方も絶対に面白い。話の辻褄(つじつま)は、聞き手の方が勝手に合わせてくれる。書いた原稿は、話を進めていく中で伝えたい事だけが、勝手に頭の中から出てくるから心配んでよか。もし、湧いて出てこなかったら、君達の書いた原稿内容は、その場には必要なかった(縁がなかった)という事だよ』と後輩僧侶達には、その様に説明を。参考に出来るかどうかは、本人次第だが」と。
次回の投稿法話は、2月5日になります。
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