毎月の法話

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0183   「今日を懸命に生きず、明日があるさ、などはない」

明日があるさ、という言葉は、前向きに生きている人にこそ相応しいと思える。今日をいい加減に生きている人が発しても説得力はない。親が苦労して財を成し、子が好き放題に浪費し、孫がその煽りを受ける。所謂、「長者三代続かず」はいつの時代にも存在。「子孫の為に財を残さず」の西郷隆盛公の言葉もまた、真理にて。

0184   「人間は切磋琢磨して向上を」

学校保護者講演で「人間関係は、片一方に力が偏れば偏るほど総合力は低下する。掛け算で表せば一目瞭然。5分と5分の力がぶつかれば25力に。6分4分では24力、8分2分では16力、と。例に出せば、ワンマン社長に亭主関白。過保護、過干渉の親、など。相手のやる気を削げば、如何なる結果を産むかを今一度」と。

0185   「人間、最期の最後は目に見えぬものに」

常日頃「わしは誰の力も借りず一人でここまで登り詰めた」と傍若無人を貫いてきた方が癌に侵され大手術を。前日電話で「住職。親父とお袋に頼んどってくれ」と。勿論、亡き親が力を貸してくれるとは本気で思われてはいない。が、最後の最後はやはり、甘えられる相手は両親だけなんだろうな。親という存在は有難いね。

0186   「何でもかんでも親がしゃしゃり出てきて。子が自立するはずが」

知人の会社役員が「大卒男性が入社1ヶ月後に父親同伴で退社願いに。『石の上にも三年、それ位の時間を掛けんと座り場所は確保出来ん。何処に行っても同じだぞ』と説得を試みたが。その3年後、今度は父親だけでその子の再度の入社願いに。根本的な姿勢に全く成長が見られん、と却下した」と落胆を。こんな話が多過ぎる。

0187   「捨てられるには、捨てられる理由あり」

夫婦の意識調査では常に、離婚を考えた事も、来世は違う相手との結婚を望むも、同じお墓はご免、なる思いも全て、主人の割合は低く、奥さんの割合は高い。長年の結婚生活で主人は何をやらかしてきたんだろうね。私は2人並べて書く「夫婦位牌」を必ず薦めるんだが、断るのは決まって奥様。まだ間に合うご主人は急げ。

0188   「自己管理を出来ん者が何を言っても」

釈尊と同年代に論語で有名な孔子が。時の権力者の「天下を取るには」の質問に答えて「修身、斉家、治国、平天下」の言葉を。「自分の修養も出来ん者に、家庭もまとめる事が出来ん者に、国も治める事が出来ん者に、天下など取れるかい」と。確かに。亡き父も寺内僧侶達や私に同じ事を。「常に自己管理能力を鍛えよ」と。

0189   「人を追い込んで何が楽しい。人を泣かせて何が嬉しい」

自閉症、多動症の子供が多くなってきた背景には一つの要因として、胎教時の母親の不安やストレスが影響との見解が。亭主関白が当たり前の時代には、怒りを抑え、耐える人に多い膵炎(膵癌)は女性特有の病気であったとか。勿論、要因はそれだけでは。昨今は立場逆転夫婦も多いが、心を追い込む事だけは、避けた方が。

0190   「あなたもいずれは死人の仲間に」

たまに「家を建てたい。この土地に死人は出とるか」と相談に来る方が。「知りまへんがな。何万年も昔から、人は生き死にを繰り返してきとる。人が死んでない土地なんかあるもんか。龍馬さんが斬殺された四条河原町は今えろう栄えとりまっせ。京都人は過去の人達の死を忌み嫌わず、感謝して住んどるからじゃないの」と。

0191   「その人が本当に大事なら、心に鬼一匹を」

甘物が大好物の父に食べてもらおうと檀家が腕を振るって。彼岸参りなどは1日20家、つまり牡丹餅を20個、全て食べよる。当然体調に支障が。檀家さんに「接待はお茶だけに」と。が、「折角住職に」と不機嫌に。「早死にさせたいですか。本当の愛情とは何ですかね」と。「何だ、あの副住職は」と、当時は嫌われたもんです。

0191(番号打ち間違い)   「験を担ぐのも程々に」

出陣前「風林火山」の旗に鳩が。すると家臣が「この戦、味方大勝利」と雄叫びを。対して武田晴信(信玄は僧名)公は、弓矢で鳩を射殺し「この度は鳩であったが、烏だったら負け戦か」と。その信玄公は出陣前には諏訪大社へ。無神論者の信長公も出陣前には、熱田神宮に戦勝祈願を。信仰の捉え方が全く違うんだろうね。

0192   「終末医療は本人の意思を尊重が大事、かな」

檀家男性が「今でも心の片隅には「痛み止めを」と懇願全身癌の父に「これ以上打ったら心臓に負担が」と言い聞かせながらも「余命僅かの人に今ここで、我慢をさせる理由がどこにあるんだ」と問答を繰り返した葛藤の日々が。奇跡を望む子供の心が、親の切望する痛み緩和の邪魔を。看病する者、される者、難しい問題」と。

0193   「机上の空論ばかりを述べる者」

高校講演で「諺に、真実は小説よりも奇なり、と。が、小説も想像だけでは書けん。経験なければ頭には浮かばん。絵空事では読み手の心は打てん。老いた親の世話、子育て、病人看病なども同じ。未経験者に限って理想的な机上論を。理想と現実の違いは、経験者のみぞ知る。その道で本物になりたければ多くの経験を」と。

0194   「命あるものの最期は必ず死が」

葬式を受けたは700回越え。人の最期に触れた数はそれ以上にて。余命宣告後の様子は大きく分けて3つに。「死にたくない」と泣き喚く人。諦めて殻に閉じ籠る人。そしてこの姿が大半の「世話になったな」と悠然と構える人、最期の姿が子孫に与える影響は大きい。それまでの生き様が後悔の姿、充実の姿、として形に。

0195   「わが足元の確認の為に信仰が」

信仰否定者が「マルクスや毛沢東が「宗教、信仰は麻薬である」と定義した理由は」と。「麻薬は使用者によっては、薬にも毒にもなる。それを危惧されたのかも。人はわが身に降り掛かる現実から目を背けては駄目。自分がしてきた事の結果が今ここに突き付けられているだけ。ここを否定すれば全てが間違った方向に」と。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0169   「誰が結婚を人生の墓場にしたんかいな」

独身の檀家娘が「愛称占いって大事ですか」と。「相性最高で結婚し、離婚した者。最悪で結婚し、円満を築いた者。家族、親族が大いに祝福、結婚したが離婚した者。関係者が皆猛反対、を押し切って結婚、良い意味での期待外れで夫婦関係を充実させている者も」と。「なるほどね。相性は夫婦で築きあげるものか」「だな」と。

0170   「親の主観を抑えて子育てを」

15歳檀家娘が「親には内緒で。言わないで」とお寺へ。「親は口を開けば、最近の若い者は、と。これって順送りでしょ。叩けば誰でも誇りは。自分の事は棚に上げんと子育ては。わかるよ。が、時には誰かが引き摺り降ろしてくれんと。勝手に自分の夢や理想を子供に押し付けて。私の人生なのに。もう、うんざり。以上」と。

0171   「親の世話をする人は、限られた人だけ」

石川啄木の短歌に「たはむれに母を背負ひて、そのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず」が。後に身内が「啄木はそんな親思いの子供ではなかった」と暴露を。これは第三者が知る必要のなかった家庭事情かな。が、親が死んだ後で、何かと美化する子供って結構に多い。その殆どが自分を正当化しないと立場がない人間だが。

0172   「人間は十人十色。それぞれが時代に応じてこの国を」

戦国三武将を表した言葉に、信長公が「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」と。秀吉公は「鳴かしてみよう」と。家康公は「鳴くまで待とう」と。対し、松下幸之助さんが放った「それもまたよし」は、今の日本に欠けている心かな。ついでにさんまさんは「鳴かぬなら、俺がしゃべるぞ」と。皆、それぞれに強い信念が。

0173   「親の人生と子供の人生は別物。押し付けはあかん」

母親が「私は私なりに今日まで一生懸命子育てを」と寺へ相談に。「その懸命さの方向が間違っていたのでは」「では、どうすれば」「良かれと信じてやってきた事でこの結果を招いたんなら、その真逆を試してみたらどうですかな、不本意でしょうが」と。結果は好転。親の主観の押し付けは、子供にとっては負担でしかない。

0174   「子供を育てる環境作りも、親の役目かな」

学校保護者会で「中国思想家「孟子」母親の「孟母三遷(もうぼさんせん)」の話は有名。孟子は、お墓の近くの家では葬式ごっこばかりを。市場の近くに引越すと、今度は商人の真似事。最期は学校の近くへ。すると学生に習い礼儀作法を取得したと。この話の教訓は、子供の成長には環境が大いに影響を及ぼす、という事かな。

0175   「縁起も担ぎ方(受け取り方)を変えれば、別物に・・・」

昔の話。住職に「何か縁起の良い言葉を」と檀家が。そこで故事を引用し「祖父母死、父母死、子死、孫死」と。不機嫌な檀家に「この順番が狂う程辛い事はないよ」と。今一つに「家の外、ぐるりと囲んだ貧乏神」と。さらに不機嫌な檀家に「福の神外へ出られず」と下の句を添えた。「幸、不幸は物の受け取り方次第だよ」と。

0176   「大手社長が、親も先祖も大事にせん人間が、人生成功させる事など、と」

父3回忌法要の時息子が「爺ちゃんが手術台で内臓を放り出された状態を見てどう思った」と。当時の事が走馬灯の様に脳裏を。「そうだな。癌は大腸、小腸、膀胱、腹膜、肝臓、肺にまで転移。檀家婆様が『私達が住職を使い殺した』と。その『私達』の中には当然父さんも」と。年忌は故人から受けた恩を忘れぬ為にする法要。

0177   「二兎を追う者は、一兎をも。が、追わない者は、何も得られん」

檀家青年が「いつも右か左か迷う事が多い」と。「基本、迷ってる時は、どちらでもいいから迷ってる事が多い。寿司が食べたかったら、迷わず寿司屋に行くべ。老齢の住職が「二つの経典を勉強する時間はわしには残ってない」と後方に放り投げて、遠くに飛んだ方を勉強したげな。迷いを断ち切る方法としては有りかも」と。

0178   「知識は学問から、その知識を活かす知恵は経験から」

釈尊の主治医が若い頃に名医の門を。弟子入り条件として提示したは「10キロ四方の土地を定め、薬にならん草花を探して持って来い」と。が、探せど探せど、これは根が、茎が、葉が、花が、と全て何かしらの薬に。数年後、落胆して戻ると名医が「お前に医者の免状を与える」と。これぞまさしく、プロの育成方法かな。

0179   「人がそう動くには、そう動くだけの理由がある」

700人以上も臨終の手伝いをさせてもらうと様々な人間模様に遭遇。特記すべき点は、親は子に恨みを持たれる様な生き方だけは絶対に避ける事。もう憎む相手はこの世にいないのに、死ぬまで子が親を恨み続ける。昨今の病院内死亡の親の遺体を「いらん」と引取り拒否するも。子に罪を作らせる様な事をさせたらあかん。

0180   「亡くなっても生きている時と同じ様に」

生前、父が法要で突如心臓疾患に。途中で私と導師を入れ代わり無事法要は終了。看病に当たったわが妻に「怒るなよ、法要前に牡丹餅を10個食べたのが悪かった」と。「何度同じ事を」と激怒されていたが、娘のない父にはそれが心地良い様で。現在、女房殿は父への仏壇お供えは必ず1個、「あっちで心臓悪くせんように」と。

0181   「真実は小説よりも奇なり。檀家さん方の生きざまは一読の価値あり」

90歳を越えた元女医さんが手紙で「住職さんの法話本、枕元に置いておき、起床と同時に手に取って適当に開き、その項に書いてある話を「今日1日気をつける事」として使わせてもらっています。「1日の計は朝にあり」ですから。人に余りの人生なんてありません。私は100歳まで生きるつもり。その為の道しるべに」と。

0182   「人は、観察すればする程、興味深いもの」

息子友人が「叔父さん。服装や髪型は飽きたら変えれば。が、刺青は。彼氏、彼女の名を体に。別れたらどうすんの。結婚も飽きるとわかってて、何故するの」と。「何や、結婚否定はそれかい。飽きんけどな。人間は年々変化を。気付けば女性は体が倍に、男性は禿散らかして。晩年女性の顔は亀に、男性は犬か猿に、だよ」と。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。 

 金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

 金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

 金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0155   「過ぎたらあかん、如何なることも」

お寺でも女性陣の会話の中心は常にダイエット。「水や空気でも肥えるんだよね」の奥様方の言葉に「やっぱ食いよる。心と違うて体は正直や。ちょっと待て、その一口が豚もと、ばい」と小声で主人が。大体ふくよかな奥様の横には痩せ細った主人が。蜘蛛やカマキリも交尾中に雄を食べて栄養とし、子育てを。生物の生業だね。

0156   「嫁姑問題は、古来から、永遠のテーマにて」

娘の結婚式で泣き続けたご主人を「まったく女々しいんだから」と私の前で奥さんがボロカスに。あまりに気の毒に思ったので「まあ、でも、父ちゃんは結婚式まではメソメソしても、一旦手渡したら後はスパッ、とね。が母ちゃんときたら嫁に息子を渡した後も、何十年と息子夫婦に介入し嫁に小言を、ね」と。睨まれた。

0157   「この世には人間の物は何一つも。この身でさえも」

室町時代禅僧一休宗純は「拝借申す四大五蘊(体)、お返し申す今月今日」と。死ぬので借りていた体を、と。他に使わせてもらっている物は何かな。昨今、災害等で思い知らされる事が数多に。水も火も1週間なければ人は生きられない。空気(酸素)も太陽の恵みも。当たり前と使っている物は全て借り物。なれば、大切に。

0158   「産んで育ててもらった恩を忘れ、親の世話をせず、財産目当て」

檀家息子が「お墓の花が枯れとったぞ、と鬼の首でも取ったかの様に叔父が」と怒りを。「夏場は数日経てば「花は枯れる」を知る人はそんな文句は言わん。常日頃、お墓に足を運んでないを自ら露見してるに同じ。子供が何人おろうと親の世話をするは一人。その他は近寄りもせず、無責任に言いたか放題。ほっとけ」と息子に。

0159   「まあ、昨今流行りのお墓を捨てるよりはマシだけどね」

北九州を終の住処とした男性が相談に。「こちらの納骨堂契約を」と。「今は」「山口の菩提寺納骨堂に」「何故そこを」「遠くなるので」と。「私は年に数回、関東まで布教に。が、1度も遠いと思った事は。君は距離ではなく、心が遠のいたんじゃないかい。長年お世話になった菩提寺を、そう簡単に離檀はあかんばい」と却下。

0160   「あの人本当に信仰者かい、と疑問を持たれたら、アウト」

当山僧侶研修で「昨今、信仰人口の減少が。特に若い人達の。先輩信仰者の影響が大とするならば、困った時だけの神頼み。お経を唱える同じ口で、人の悪口や嘘八百を。手を合わせ、数珠を持つ同じ手で、人を傷付け。仏を見る同じ目で人の粗探し。説法を聞く同じ耳で人の噂話を鵜呑みに。先ず、携わる者から襟元を」と。

0161   「人間に怠け者、勤勉者がいるからには」

人類の歴史は「争い、奪い合い、殺し合い」の歴史。そうした経験を積み重ね、人間も少しは利口に。原爆投下が以来ないのもその一つ。が、人に欲がある以上、争い事がなくなる事は。弱肉強食が世の常である以上、格差社会がなくなる事も。過去の奴隷制度の教訓から、理不尽な格差は。理想と現実を常に頭において行動を。

0162   「大人の自分勝手により、犠牲は常に子供達」

檀家の男性が父親3回忌に「親が離婚するだろう、とは5歳くらいから薄々は。親夫婦の間に会話は全くなく、家族揃っての食事など殆ど記憶が。当時日々明るく振舞ってはいたが、家内が「パパの子供時代、笑ってる写真が1枚もないよ」と。11歳の時に終止符が。弟と妹には「大人の世界に口出すな」と。今に思えば」と。

0163   「何処からか来たんなら、何処かへと帰るよ」

無信心の檀家爺様が心筋梗塞で倒れ、生死の境を。意識が回復したので見舞いに。「住職。ウッと胸を押さえた瞬間に意識が。目覚めたのは18日後だが、一瞬の感覚だ。想像してみ。漆黒の闇の中、あるは意識だけ。匂いも音もない。途方に暮れ一歩も前に。不安だけが身に。死んですぐの枕経、聞こえたら、有難いかもな」と。

0164   「人は自分だけは死なん、と思っとる」

檀家独身兄弟あり。その兄がいつもの様に仕事で現場へ。脚立より顔面から落ちて血が止まらず出血死、41歳。その3年後、今度は弟が。夕刻コンビニへ行く途中、心筋梗塞で突然死、41歳。その日の朝、自分がその日に死ぬ事になろうとは、恐らく夢にも。明日の命を約束されている人間は誰1人も。限りある時間を大切に。

0165   「口煩いお年寄りは、お寺の宝にて」

檀家爺様が「若(私)、何千坪の田畑に納屋付きの大きな家屋。裸一貫からここまで。並大抵じゃない。それが全て自分の物に。息子夫婦はそれが何もわかっとらん。少しぐらい辛抱せにゃ。若も同じだ。神輿も担いでくれる者がおるから上に乗ることが。担がれる人間が軽かったら、担ぎ甲斐がないぞ。先代の生き様に習え」と。

0166   「人間以外の生物から学ぶもの」

先日、お寺に来た親子犬を見て驚かされた。足腰の弱っている老母犬のお尻を息子犬が一段一段頭で押し上げながら石段を。それも時折、母親犬の顔を覗き込みながら。こんな状況を初めて目の当たりに。因みにクジラはわが子を天敵から守る為に夫婦の間に挟んで泳ぐとか。親への、子への愛情。どうです。見習うべき姿かな。

0167   「子は親の所有物ではない」

保護者会講演で「優等、劣等の分野は勉強だけでは。スポーツや遊びでも優劣の差は。阿弥陀経に「白色白光、青色青光、」なる教えが。「白いものを無理矢理青く光らせる必要はない。その色なりに磨き上げよ」と。人間は自分の好むものが表に現れる。趣味も服装もその一つ。親は子の特性を見極め、それを磨くが仕事」と。

0168   「物作りには、ひと手間は大事」

保護者会講演で「人を育てるは手間暇が掛かる。それを親が面倒臭がらずにやるかどうかが鍵。教師も社長も師匠も。母親の手料理もひと手間の一つ。「男性を掴むには胃袋を掴め」という言葉が。これはわが子においても同様。手間を掛けた料理を食べてきた子供の感受性は非常に豊かなものに。五感の発育に多大な影響が。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0141   「子供は親の言う通りには動かん。親のする通りに動く」

学校保護者会講演で「昨今は瀬戸物急須に水を入れ、直接コンロで沸かそうとする、また、ハンバーグがミンチから作られるを知らん、なる高校生が急増とか。人間は、知識は学問から、その知識を活かす知恵は経験からしか得られん。学校教育に不平不満や文句を言う前に、親は家庭教育を今一度見直す必要があるかと」と。

0142   「嫁いだ娘を守る手立ては唯一つ。親の抑止力」

檀家の娘が「昔から、娘は父親に似た方が幸せ、と。これって何故」と。「諸説色々。が、特に娘の結婚に関わりが深いかもな。夫婦喧嘩になった時、嫁の顔に父親の面影が見えたら婿は。所謂、抑止力だな。が、その為には恐い厳格な父親を嘘でも演じておかねば。娘の結婚相手に「この父親は怒らせたら恐ろしい」とね」とね。

0143   「知らない事に口を出し、明後日の方向の文句や講釈を」

中学校教諭陣に体罰の肯定否定を問うと「理不尽なものでなければ必要。叩かれた本人と親は身に覚えがあるから文句は言わない。騒ぐのはその場の状況だけで判断した生徒と、その話を鵜呑みにする親だけ。それでも学校内は関係者だけだから、まだ何とかなる。問題はマスコミと言葉尻の情報だけで騒ぎ立てる野次馬達」と。

0144   「満年齢よりも数え年の方が、正しい数え方かも」

数え年とは、母親の腹に宿った時点で「命」とみなし、出生と共に1歳と。これが正解ではないか、と。生後5ヶ月目に入った戌(犬)の日に腹帯を。長さは七五三参りに習い7尺5寸3分(約250センチ)、犬の安産に肖って。初誕生日にはぶっ倒し餅。男子は背負せ、わざと倒す。「家から離れない様に」と。親の願いだね。

0145   「人の人生は、順送りにて。老いて子に従うも心地よい」

近頃、私の動きをわが子の目線が追っているを感じる。段差があると即座に子供達の手が伸びてくる。完全に子供達の監視下の中にあるようだ。女房殿が「父さんは、もう10年前のキレはない、とあの子らが言ってたよ」と。口では「何やと。馬鹿にしおって」と。しかし、本心は逆にて。老いて子に従うも、そう悪くない。

0146   「老いても、まだ子育てを。親は死ぬまで親にて」

ある日突然に爺様が痴呆に。婆様の顔に小便かけるやら、警察が家まで送って来るやら、と。「とうとう爺様もきたか」と。が、半年後その爺様に呼び止められ「俺が本当に痴呆になったとでも思ったか。お前の親父、変わったろうが」と。「何ね、爺ちゃん、狂言やったんか」と驚愕。仕事中心だった父を見事家庭に振り向かせた。

0147   「癒し系の女房殿って、有難い。お寺は住職より坊守の方が大事」

お寺の奥方の呼び名を、坊守(ぼうもり)さんとか、寺庭(じてい)さんとか。お寺の庭の如く、見ているだけで心癒される雰囲気を持つ存在であれ、という願いから。私も伴侶選びはそれを基本に女房殿を。今一つは、木魚を親の仇ごとしばき倒しながら拝まんこと。如何に住職とはいえ、家の中まで仕事の延長は、ご勘弁。

0148   「病院では患者の治療が最優先では。本末転倒だね」

檀家老女が「住職さん。治療中に主治医と看護師長が別の患者のことで口論に。処方された湿布が肌に合わなかったらしく、多忙の医師に気を遣い自分の判断で別の物を。が、それも合わず、医師に指示を願うと『君が最後まで治療したらどうだ』と。何、医師が気分を害したら臨床を拒否。患者の治療が最優先じゃないの」と。

0149   「努力した人は、努力してない人と同じ結果だったとしても、後悔は少ない」

子供が授からない夫婦に「檀家で「夫に子種が無い」と診断された2組の夫婦が。内1組は「その土地を縁に人は命を」から3年もの間、氏神へ日参。もう1組は「先祖の助けを」とお寺へ10年間日参。結果2組共に子宝を。仮に授からなかったとしても「何であの時、努力を」等の後悔の念は恐らく残らなかったろうね」と。

0150   「人間関係希薄な世の中に、だね。どこを向いても」

銀行のATMで若者が処理後に通帳を凝視したままその場に数分。後ろに並んでいた爺様が「んっ」という顔で「あんた、もう終わったのか」と。対しチラ見した後、無視して立ち去ろうとする若者にいきなりMaxで「返事せんか、このボケ」と怒号を。返事しない若者、すぐキレる年寄り。現代社会の縮図を目の前で遭遇。

0151   「伝統を継承していくは大変な事」

高野山は本山金剛峯寺、各寺院の屋根はその殆どが瓦ではなく桧皮葺き(ヒノキの皮作り)。1度葺(ふ)いたら50年は持つと言われているが、必ず20年に1度はやり変えるとの事。ご察しの通りです。50年では継承者の育成が出来ないから。技術を絶やさず後世に残していくは、大変な苦労が。国を支える柱は、人にて。

0152   「病院や学校に文句を言う前に、世話になっとるが先やろ」

精神科が主流の病院へ講演に。疲れ切った顔のドクターや看護師さんに「ちょっと先生方、もうちょっと覇気ある顔をされては如何」と笑いを誘ったが、クスッ、ともせず冷めた顔で「毎日毎日うつ病患者や痴呆老人、アル中患者の相手をしてごらん。こんな顔にもなるよ」と返された。人心相手の仕事はどの分野も大変だわ。

0153   「つまずいた石ころは自分で置いたもの」

匿名の手紙が届き「俺がこうなったはあいつのせい、こいつのせい。学校のせい、会社のせいと、責任を転嫁し続けてきたが、現在その『せい』の対象は誰も周りに残っておらず、足を止めた自分だけがこの場に置き去りに。『人間死ぬまで生きとかなあかん。さあ、どう生きる』の住職の言葉に『まだ間に合う』と奮起を」と。

0154   「読む人が読めば、死ぬことも止めてくれる」

その日、自社ビルから飛び降りる決意で出勤。残りの仕事を片付けている時、偶々ネットで私の「会社内で無能扱い、常に窓際。が、家に帰れば『この幸せは、お父さんのおかげよ』と認めてくれる妻や子供達が」の法話と遭遇し自殺を思い止まった、と涙声でお礼を。大事な存在をも忘れさせるまでに、人は人を追い込むか。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0127   「壁に耳あり、障子に目あり、防犯カメラの先にも」

銀行に来る度に駐車場警備員さんに「ご苦労様」と声を掛け、ちょっとしたお菓子や飲み物等を。この社長さんが資金繰りに困り、銀行に融資願いを。融資の決定はすぐに成されたと。何故か。この警備員さんとのやり取りを度々支店長がカメラ越しに眺めており、その人柄の良さを常々感心されていたとの事。これぞ当に陰徳。

0128   「何も言わなくても通じる関係。新たにこの関係を作るはしんどい」

日本には「女房と畳は新しい方が良い」という諺が。新しい物は清々しくて良いという意味なんだが、言葉尻だけ取れば女性陣から「喧嘩売っとるんかい」と。相反してフランスでは「女とワインは古い方が良い」と。経験値と教養を重視、かな。私はフランス側に1票だね。何にしても長年慣れ親しんできた物の方が落ち着ける。

0129   「お腹に宿った時点で、もう命ですばい」

昭和20年からの40年間で堕ろされた赤子は、約6000万人と。確かに人は皆事情の塊。が、自分は産んでもらい喜怒哀楽の有意義な人生を与えてもらっておきながら我が子は闇から闇へ。これも寿命と言えばそれまでだが。もし、この子達が生まれていたら現在の少子化問題は如何に。人間はやった事だけが今の答えにて。

0130   「天下りの歪みは、あちらこちらに。そこを叩かにゃ、根本的な解決には」

数年前、基礎杭打手抜き工事問題が世間を騒がしたが、この件につき知人の下請け、孫請け社長が「大手に500万円の見積りを出したら『半額250万円の8掛け、200万円でやれ』と強制。了承せんと次が貰えん。背に腹は。同じ立場だったら」と同情を。中間マージンを抑制せんと根本的な問題解決にはならんと思うが。

0131   「人が動けば、必ず白波が立つ。隠しきれる事など何一つない」

大地の下には人に必要な資源(食)が大量に、所謂宝の山。宝は昔「蔵」に保管。そこで「地」に「蔵」と書いて「地蔵」なる信仰が。この地蔵の化身が閻魔大王。大地が地蔵なら私達は全て見られとる、ということ。だから閻魔に嘘は通じんと。「その大地にゴミや唾を吐き捨てるんかい」と子供達に。この話は非常に効果あり。

0132   「欲は全てが悪いじゃない。工夫如何では生きる原動力に」

人は「寝ても寝ても、まだ寝足らん。食べても食べても、まだ食べ足らん。手に入れても入れても、まだ欲しい」と。人間ほど欲深い生き物はいない。この欲が一生涯なくなる事はない。が、上手に付き合えば、生きる原動力になるは間違いない。諺に「鹿を追う者は、山を見ず」が。我を忘れて欲を追いかけ、道に迷わぬように。

0133   「安物買いで失うはお金ばかりでない。物を大事にする心も」

お寺に奉納される仏像は、施主の思い入れから既製品はない。ノミ入れから作り始める。既製品と言えば、檀家の仕立て屋さんが「最近のお客は、安い背広を買って来ては部分仕立て直しの依頼ばかり。糸を解くと『えっ』という様な縫い方が。当に、安物買いの銭失い。その場さえ繕えておれば、そんな時代だね、何処も」と。

0134   「土俵に上らんと相撲は取れん。どんな手を使ってでも土俵に上れ」

おぎやはぎの矢作さんは英語が話せる、と嘘をつき外資系の会社に採用。寺尾聰さんは馬に乗れる、と黒澤明監督に嘘をつき採用。「へぇ、嘘も通じるばい」と。いやいや社長も監督も海千山千の方々にて、その目は節穴じゃなか。「この男なら必ず仕上げてくる」と見抜かれての事だと。初めから諦める人間では到底使い物には。

0135   「一概には言えんが、確かに大人より子供の方が環境に順応するかな」

学校保護者会で「三つ子の魂百まで、が意味する様に、幼少教育は人格形成に多大な影響を。が、専門家は「本当の人格は16歳から20歳の間に出来上がる。15歳までを基盤に自己完成の確立へと自らが歩む。自己が完成すると少々困るは、気付かず利己主義的な考え方に」と。子育てするに何か参考になりましたら」と。

0136   「知識は学問から、その知識を活かす知恵は、経験から得よ」

昨今は探知機で水脈を探し出し井戸を掘っているが、それでもなかなかに探し当てるは難しい。以前「水脈に当たらん」と嘆く社長に「私の爺様の知恵袋だよ。日中晴天のその夜、掘りたい位置を何箇所か決め、漆塗りの重箱を逆さにして置く。明朝、その重箱の内側に水滴が付いていたら、その下に水脈が」と。見事に的中した。

0137   「人の思惑が世の中の流れ。人間界は本音と建前の世界にて」

大人は子供に「お金の貸し借りをしてはならん」と言いながら、銀行でお金を借りて家を建てている。「賄賂はいかん」と言いながら、中元、歳暮のやり取りは日本の慣習。「物を盗んではいかん」と言いながら、経済はお金の奪い合いにて。さあ、この矛盾、身を正して子供に説明を。世の中は綺麗事で済まん事も包み隠さずに。

0138   「ハンバーグがミンチから作られておるを知らん高校生数多に」

檀家の息子が「高校で餅つき大会があった。蒸し上がった餅米をいきなり臼に移し先生がつき始めた。当然米は散らばり、餅にはならん。口を出したらさせられるので見て見ぬ振りを。が、もうたまらん、と友人3人を寄せて杵でもち米を捏ね上げ、つける状態にして先生に手渡した」と。完成品しか知らない時代の象徴ですな。

0139   「親になる為の準備をしっかりと。ただ産めばいいというものではない」

新婚夫婦に「国の成り立ちを表した言葉に「信長が餅をつき、秀吉が捏ね、家康が食べた」が。家庭も代々この繰り返し。米は苗を植え、夏草と格闘し、八十八夜経たんと実らん。当然土壌も植える前に耕し、肥えさせておかねばならない。子供が授かる前に、育てられる環境をしっかり整えておく事が親になる者の役目」と。

0140   「不動明王の顔は、何故にあげんかこつ恐いんか」

檀家の子供が「不動明王の顔は何故恐い」と。「人の世界でも顔は怖いのに優しい人は数多に。不動明王は人の一番厄介な喜怒哀楽を癒す仏さん。一生懸命にならんと癒せん。その必死さが顔に出とるだけ。ところで君は、あんな顔になるまで懸命に何かやった事あるかい。不動明王を見る度に自分にそう問いかけてごらん」と。


 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0127   「壁に耳あり、障子に目あり、防犯カメラの先にも」

銀行に来る度に駐車場警備員さんに「ご苦労様」と声を掛け、ちょっとしたお菓子や飲み物等を。この社長さんが資金繰りに困り、銀行に融資願いを。融資の決定はすぐに成されたと。何故か。この警備員さんとのやり取りを度々支店長がカメラ越しに眺めており、その人柄の良さを常々感心されていたとの事。これぞ当に陰徳。

0128   「何も言わなくても通じる関係。新たにこの関係を作るはしんどい

日本には「女房と畳は新しい方が良い」という諺が。新しい物は清々しくて良いという意味なんだが、言葉尻だけ取れば女性陣から「喧嘩売っとるんかい」と。相反してフランスでは「女とワインは古い方が良い」と。経験値と教養を重視、かな。私はフランス側に1票だね。何にしても長年慣れ親しんできた物の方が落ち着ける。

0129   「お腹に宿った時点で、もう命ですばい」

昭和20年からの40年間で堕ろされた赤子は、約6000万人と。確かに人は皆事情の塊。が、自分は産んでもらい喜怒哀楽の有意義な人生を与えてもらっておきながら我が子は闇から闇へ。これも寿命と言えばそれまでだが。もし、この子達が生まれていたら現在の少子化問題は如何に。人間はやった事だけが今の答えにて。

0130   「天下りの歪みは、あちらこちらに。そこを叩かにゃ、根本的な解決には」

数年前、基礎杭打手抜き工事問題が世間を騒がしたが、この件につき知人の下請け、孫請け社長が「大手に500万円の見積りを出したら『半額250万円の8掛け、200万円でやれ』と強制。了承せんと次が貰えん。背に腹は。同じ立場だったら」と同情を。中間マージンを抑制せんと根本的な問題解決にはならんと思うが。

0131   「人が動けば、必ず白波が立つ。隠しきれる事など何一つない」

大地の下には人に必要な資源(食)が大量に、所謂宝の山。宝は昔「蔵」に保管。そこで「地」に「蔵」と書いて「地蔵」なる信仰が。この地蔵の化身が閻魔大王。大地が地蔵なら私達は全て見られとる、ということ。だから閻魔に嘘は通じんと。「その大地にゴミや唾を吐き捨てるんかい」と子供達に。この話は非常に効果あり。

0132   「欲は全てが悪いじゃない。工夫如何では生きる原動力に」

人は「寝ても寝ても、まだ寝足らん。食べても食べても、まだ食べ足らん。手に入れても入れても、まだ欲しい」と。人間ほど欲深い生き物はいない。この欲が一生涯なくなる事はない。が、上手に付き合えば、生きる原動力になるは間違いない。諺に「鹿を追う者は、山を見ず」が。我を忘れて欲を追いかけ、道に迷わぬように。

0133   「安物買いで失うはお金ばかりでない。物を大事にする心も」

お寺に奉納される仏像は、施主の思い入れから既製品はない。ノミ入れから作り始める。既製品と言えば、檀家の仕立て屋さんが「最近のお客は、安い背広を買って来ては部分仕立て直しの依頼ばかり。糸を解くと『えっ』という様な縫い方が。当に、安物買いの銭失い。その場さえ繕えておれば、そんな時代だね、何処も」と。

0134   「土俵に上らんと相撲は取れん。どんな手を使ってでも土俵に上れ」

おぎやはぎの矢作さんは英語が話せる、と嘘をつき外資系の会社に採用。寺尾聰さんは馬に乗れる、と黒澤明監督に嘘をつき採用。「へぇ、嘘も通じるばい」と。いやいや社長も監督も海千山千の方々にて、その目は節穴じゃなか。「この男なら必ず仕上げてくる」と見抜かれての事だと。初めから諦める人間では到底使い物には。

0135   「一概には言えんが、確かに大人より子供の方が環境に順応するかな」

学校保護者会で「三つ子の魂百まで、が意味する様に、幼少教育は人格形成に多大な影響を。が、専門家は「本当の人格は16歳から20歳の間に出来上がる。15歳までを基盤に自己完成の確立へと自らが歩む。自己が完成すると少々困るは、気付かず利己主義的な考え方に」と。子育てするに何か参考になりましたら」と。

0136   「知識は学問から、その知識を活かす知恵は、経験から得よ」

昨今は探知機で水脈を探し出し井戸を掘っているが、それでもなかなかに探し当てるは難しい。以前「水脈に当たらん」と嘆く社長に「私の爺様の知恵袋だよ。日中晴天のその夜、掘りたい位置を何箇所か決め、漆塗りの重箱を逆さにして置く。明朝、その重箱の内側に水滴が付いていたら、その下に水脈が」と。見事に的中した。

0137   「人の思惑が世の中の流れ。人間界は本音と建前の世界にて」

大人は子供に「お金の貸し借りをしてはならん」と言いながら、銀行でお金を借りて家を建てている。「賄賂はいかん」と言いながら、中元、歳暮のやり取りは日本の慣習。「物を盗んではいかん」と言いながら、経済はお金の奪い合いにて。さあ、この矛盾、身を正して子供に説明を。世の中は綺麗事で済まん事も包み隠さずに。

0138   「ハンバーグがミンチから作られておるを知らん高校生数多に」

檀家の息子が「高校で餅つき大会があった。蒸し上がった餅米をいきなり臼に移し先生がつき始めた。当然米は散らばり、餅にはならん。口を出したらさせられるので見て見ぬ振りを。が、もうたまらん、と友人3人を寄せて杵でもち米を捏ね上げ、つける状態にして先生に手渡した」と。完成品しか知らない時代の象徴ですな。

0139   「親になる為の準備をしっかりと。ただ産めばいいというものではない」

新婚夫婦に「国の成り立ちを表した言葉に「信長が餅をつき、秀吉が捏ね、家康が食べた」が。家庭も代々この繰り返し。米は苗を植え、夏草と格闘し、八十八夜経たんと実らん。当然土壌も植える前に耕し、肥えさせておかねばならない。子供が授かる前に、育てられる環境をしっかり整えておく事が親になる者の役目」と。

0140   「不動明王の顔は、何故にあげんかこつ恐いんか」

檀家の子供が「不動明王の顔は何故恐い」と。「人の世界でも顔は怖いのに優しい人は数多に。不動明王は人の一番厄介な喜怒哀楽を癒す仏さん。一生懸命にならんと癒せん。その必死さが顔に出とるだけ。ところで君は、あんな顔になるまで懸命に何かやった事あるかい。不動明王を見る度に自分にそう問いかけてごらん」と。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

  金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

  金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

  金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0113  「釈尊、達磨、各宗祖。皆んな、生きて、死んだ」

江戸時代の禅僧良寛さんが、晩年癌で苦しんでいた時「あなたのような高僧が何故」との信者の問いに「裏を見せ表を見せて散る紅葉」と辞世で。曹洞宗開祖道元さんも晩年皮膚癌苦を。わが父も癌で。その時「あれだけ信仰してもこんな病気に」と心無い声が。信仰したら「病気にならん、死なん」とでも。大事なのは生き様。

0114  「死んだ人間は、自分で歩いて火葬場には行けん」

結婚もせず、好き勝手に生きてきた兄の態度にブチ切れた妹さんがお寺へ。「兄が「俺が死んだら骨は川に捨てろ。誰にも迷惑は掛けんわい」と。冗談じゃない。誰が捨てに行くの。後味の悪い。身内が無視したとしても、警察、検死、火葬、納骨と、人は誰1人として人に迷惑を掛けずに死ねる人なんていない」と。正論だね。

0115  「偉そうにしても所詮、男性は女性の腹から」

違うんだよな、特別なんだよな、女房殿は。現役時は偉そうな態度をしていた主人も、定年後はかなりの確率で立場が逆転しよる。その現役の時の態度も、所謂「甘え」かな。寂しんぼちゃんだからね、男性は。人生は必ず放物線にて、帳尻が合うようになっとる。檀家の奥様方には「愚かな奴。今に見とれ」と暫し辛抱を、と。

0116  「どちらが欠けても成り立たぬもの、それが夫婦にて」

奥様に「俺が飯を食わせてやってんだ」と日々豪語するご主人が珍しく法要に。良い機会と法話で「先日交通事故で1か月入院した専業主婦への賠償として、1日9800円×30日を支払えと地裁が言いおった。つまり、休みなく働く奥様の月給は約30万円との判例。お互い支えあって成り立っておるが夫婦、って事かな」と。

0117  「仏壇もお墓も、そこにあるから手を」

一休さんが「今死んだ。どこにも行かんここにおる。尋ねはするなよ。ものは言わんぞ」と。先祖は心の中にある。では何故に墓が必要。人には対象物が不可欠。見えない物に感謝はし難い。酸素、日光、親心など。墓は心の中の親を思い出す対象物。いかに使い捨ての時代でも、大事にせにゃならん物は、大事にせにゃならん。

0118   「お釈迦さんは、超現実主義にて」

四国霊場本堂前には全身真っ赤な仏が。通称「撫で仏」と。その正体は、五百羅漢筆頭の賓頭盧(びんずる)尊者。不本意にも庶民の前で神通力を使い、釈尊から烈火の如く怒られ、その恥ずかしさから真っ赤な体に。釈尊は「神通力など見せたらそれに頼り、人は努力をしなくなる。天は自らを助くる者を助く」と常に指導を。

0119   「厄払いは自覚を促す為、転ばぬ先の杖として為すもの」

新年を迎えて節分までの間にお寺では、今年厄年の人達が続々とお祓いに。唯、皆さん、どうも勘違いされている節が。「お祓いさえしとけば1年安泰」と。いやいや、暴飲暴食すれば体には支障が。病気は口から入りますんで。自分本位に得手勝手をすれば、人間関係が崩れるは必定。厄祓いは自覚を促す、転ばぬ先の杖にて。

0120   「自分の目と耳で確かめもせずに、好き嫌いの判断は不利益を産むことに」

世に、合縁奇縁と言われるものが。例えば、第三者にはヤブ医者でも、私には名医というケースも数多に。大学合格直後に息子が「何のバイトを」と聞くので「世に「人には添うてみよ、馬には乗ってみよ」なる諺が。人間の幅を広げたいと思うなら、自分が不得意とする分野の職種を選べ。好き嫌いは見識を狭める事になる」と。

0121   「可愛い子には旅をさせよ、なる諺は、現代には必要不可欠」

檀家ご主人が「住職。毎月親から400万円の仕送りがあるお笑い芸人がいるらしい。残高が減るとお金が自動的に銀行から振り込まれてくると。漫画「俺の空」の安田財閥御曹司を思い出した。親は子供の為と。だけど「為」に「人偏」付けたら「偽り」という字に。力ある親の自己満足と揶揄されても仕方がない」と自己反省を。

0122   「地獄極楽を恐れるなら、恐れんでよい生き方を」

わが寺本堂には畳一畳程の地獄絵図が。檀家の子供達が「本当に閻魔大王っているの」と。「さあ、死んだ事がないからな。でも、いたらどうする。本当に閻魔がいたら。その時はもう間に合わんぞ。だから閻魔がいても堂々と会える様に、この世では正直に、人に優しく、親孝行を」と。この方便は子供達にはかなり影響大にて。

0123   「知ったかぶりは、自他共にマイナス要因でしかない」

亡き父(先代)は常々当山僧侶達に「知らんものは知らん、とさらけ出す勇気を持て。知ったか振りは人から新たな知識を貰えんばかりか、時と場合によっては人の人生をも狂わす事に。武者小路実篤公は「桃栗三年柿八年、達磨は九年、俺一生」と。人は一生掛けても悟りに至る事など。だからこそ謙虚であれ」と厳しく指導を。

0124   「勉強が出来るから、仕事が出来るとは限らん」

ある銀行では全新入社員に1週間掃除をさせるという。掃除をさせれば、その人間が機転が利くかどうか大方判断が付くと。人間判断といえば、やはり信長公。「誰かある」の声で家来が「何か」と。「もうよい。下がれ」と信長公。これを繰り返す中、森蘭丸だけが小さなゴミを拾って下がったという。使える人間の発掘だね。

0125   「私なりに懸命に子育てを、と嘆く親に、なれば真逆の子育てを、と」

PTA講演で「わが子の「何故」の問い掛けに、初めは丁寧に答えていた親も、毎日の事からいつしか適当対応に。子供の方は成長と共に切実な問題に変化しておるに。そんな対応をする親を子供は「頼りに出来ん」と見限り、気付けば親子の間に溝が。ある日突然反抗する子供などはいない。全て積み重ねによるものだよ」と。

0126   「人は簡単に頭を下げるが、簡単に頭を持ち上げ、恩を仇で」

大学時代バイト先で知り合った金貸し業の方が「家を建てる資金として銀行が金を貸す。プロが返済可能と判断したに滞る。そんな金にルーズな人間がわしらの所に。そんな奴は数ヶ月もしたら借りとることすら。借りる時には仏様、と。返済求めりゃ、鬼呼ばわり。踏み倒されりゃせんか、と心配で眠れんのはこっちじゃ」と。

「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

   

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

 金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

 金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0099  「口から出る言葉で、その人間の人格が大方判断出来る」

家康公に仕えた徳川四天王、鬼の作左こと本多重次公が「趣味と服装を見れば、その人間の心根がよくわかる。その最たるものが、言葉遣いである」と。確かに、心の中にないものが表に出てくることなどは絶対にない。余程考慮して言葉は選ばないと「私はこんな人間である」と、世間に向けて自らを暴露してるに同じだよ。

0100  「見て見ぬ振り出来るが、7本当の親」

学校保護者会講演で「カワセミは、雛が巣立つ日を見据え、故意に急流上の枝に巣を作ると。時期がきたら親鳥は餌をくわえ「食べたいなら、飛んでこい」と川向こうの枝に。どんなに雛が鳴いても与えようとはしない。遂にひもじさに耐え切れず、勇気を持って親鳥の元へ。これで巣立ちが完了。鳥にに負けておりませんか」と。

0101  「人間死んだら終わりよ、じゃ、あまりに寂しいよね」

散々迷惑を掛け続けた元極道の息子が母親の葬式で号泣。対し「君な。人間の世界では人は「死んだ」と。が、仏の世界では「ご浄土へ生まれ変わった」と。生まれ変わるなら名無しの権兵衛で逝かせる訳には。そこで戒名を。お母さんな、やっと楽になって浄土へ旅立とうとされとるんだ。最期ぐらいは笑って送らんかい」と。

0102  「実れば実るほどに、頭を垂れる稲穂かな」

知人老僧が「世の中「先生」と付くほど馬鹿おらん。政治家、教諭、医者、物書き、その中には当然の事ながら坊主も。常日頃、上から物を言うばかりで、上から物を言われることがない。時には未熟だった時代を振り返り、謙虚心の復活を。曹洞宗故宮崎禅師管長様は、100歳を越えられても雲水と一緒に座禅修行を」と。

0103  「何が悲しゅうして先祖が子孫を祟るかいな」

初参拝の女性が相談に。「知り合いの紹介で僧侶が来られ、家の中に仏像を祀っているから先祖が中に入れん、と玄関先で怒っとる。祟りがあるからどけろ」と。「ほう、それは大変ですね。で、外へ出たらその玄関先の怒れる先祖と遭遇する事になるが、何かされたね」「いいえ、何も」「そう、なら、この話は終わりだね」と。

0104  「何よりの親孝行は、子供が幸せな人生を歩んでいる姿」

商工会議所講演質疑応答で「心配を掛け続けた親に孝行したいのだが、何をすれば親が喜んでくれるのかと。品物、旅行と色々思案を。が、これといって答えが出ない」と。「人は受けた恩に対し感謝している間は。が、忘れた途端に、また同じ過ちを。親が何より望んでおるは、子が真面目に社会に貢献して生きてる姿かな」と。

0105  「人の心を変えられるのは、人の心」

大正生まれの祖母は自他共に厳しく、母は私が8歳の時それが原因で離婚。30年前には当時21歳の妻も「孫の嫁であろうと嫁は嫁」と容赦なく。が、献身的に半身不随だった祖母の下の世話から生活全般の支えを。最期は妻の手を取り「この家に来てくれて本当に有難う」と。人の心を変えるは人の心と、私は妻から教訓を。

0106  「神通力よりも行動力」

超有名信仰創始者が数多の信者の前で遠くの山を指し「引き寄せる」と念力を。1度目、2度目までは信者達も「いかに尊師でも」と。だが3度目の挑戦でも失敗を。すると不信感を抱く者が続出。そこで創始者が一言、「山がこちらへ来んのなら、私が山へ向かって歩いて行こう」と。何事も自らが一歩踏み出せ、の教訓かいな。

0107  「見る、言う、聞くの親の判断は大事かな」

3年前、学校保護者会講演で「申年で思い浮かぶは、やはり「見ざる、言わざる、聞かざる」かな。だが、目、口、耳に当ててある手は、自分の意志でどうとでも。時と場合によっては「見てはならん、見らねばならん。言うてはならん、言わねばならん。聞いてはならん。聞かねばならん」等の使い道が。見極めが大事」と。

0108  「講釈、文句を言う前にまず動け、だね」

上杉家中興の祖、鷹山公は「為せば成る。為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と当家の救済を。その手本は関ヶ原で豊臣方に味方、領地減封の上杉家を自らは領地を返上、家臣も禄を削る事で1人もリストラせず、家臣に百姓をさせて財政の立て直しをした家老直江兼続公の政策。「先ず動け」の教訓だね。

0109  「自分は産んでもらっておきながら、わが子は闇から闇に」

これは夢の話にて。女性3人が寺へ来て「私達水子の姉妹です。この度ここで私達の供養をして頂けると。そのお礼に」と。「水子さんですか。30代半ばに見えますが」と返すと「生まれていたらこの様な姿に」と。その夢の翌日、見知らぬ老女が「水子の供養を」と寺へ。聞くと40年前に次々3人。皆、女の子。凄い偶然。

0110  「プライドが服を着て歩いてるが人間、かな」

人に注意されて腹が立つ時は、身に覚えがあるか、濡れ衣を着せられた場合、かな。身に覚えがある場合でも、自分の欠点を面と向かって言われたら、人は聞く耳を持てないもの。しかし、不特定多数への注意なら「自分にも当てはまるところがあるな」と素直に照らし合わせる事が出来るもの。法話の存在意義は、これかな。

0111  「親元こそが、わが故郷。でありたいね」

中学校保護者会講演で「家康公に引退を命じられた石田三成公が「琵琶湖の鮎は春になれば必ず産まれた瀬に戻るそうです」との言葉を淀君に残し大阪城を後に。駆け引きなしに愛情を注いでもらった親とも慕う秀吉公への恩に報いる為、豊臣家存続の旗揚げを。親の愛情が無二のものなら、子が親を裏切る事はないですよ」と。

0112  「あなたの物は私の物。私の物は私の物」

ある女性が「義父母に気を遣う生活なんて」と結婚否定を。対し「貴女の親はそれをやって、今現在貴女が安らげている家庭を築いたんだがな」と。またある女性が「子供に時間を取られる生活なんて」と。対し「親に散々時間を取らせた貴女が、時間を取られるが嫌とは、何」と。してもらった事は、して返さにゃ、ね。


 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0085  「楽して益を得ようなんて、そんな世界などない」

あるドクターに「人体の何%位を把握出来てますか」と。「数%かな。後は手探り。細胞分解した状態で目の前に置かれ、人間作ってみろ、と言われても。無理ということは把握出来てないということ」と。先日檀家がドクターに怒られたらしい。「暴飲暴食止めんが体治せやと、私に何を期待しとるか」と。神仏への願掛けも同じ。

0086  「人は誠でなければあかん、が、父の口癖だった」

高校講演で「豊臣、徳川家に仕えた藤堂高虎公は、晩年眼病で失明を。二代将軍秀忠公は高虎公の為、江戸城廊下を改築。「何故、貴殿の為にそこまで」と問う大名達に「知らぬ。唯、わしは誰よりも早く登城し、誰よりも遅く下城してきただけだ」と。人がそう動くからには、動くだけの理由がある。人の心を動かす人間に」と。

0087  「案ずるより産むがやすし、と簡単に言うが」

思い知られよ己が身の誕生の日は母苦難の日、と。当たり前の様に誕生日は当人を祝ってもらう日と。が、よくよく考えたらその日は、かつて母親が命を懸けて産んでくれた日にて。なれば、自分を祝ってもらうのではなく、改めて母親にご恩を報ずる日とするが本当の誕生日のあり方ではないのかな。一分違えば万分の違い。

0088  「所詮、人の営み。同じ生活風習は、どの国にも」

10月31日、1年の終わりに家族の霊と共に悪霊が。古代ケルト人は身を守る為、恐ろしい面を被り悪霊を追い払う風習を、これがハロウイン。宗教行事と知ってか知らずか、馬鹿騒ぎ。まあ経済効果はね。だけど、同じ魔を払う行事なら日本にも。立春の前の日、旧暦の大晦日。ご存知、節分。わが国の伝統行事も大切に。

0089  「人類誕生より、一つの命をバトンタッチのように」

私には2人の親、2人の親には4人の親。2+4+8と代々の親を20代目まで足していったら約210万人に。この方々がもし1人でも欠けていたら、今の私は。先祖供養は信仰じゃない。感謝の心を形に表したもの。命を流してくれた方々に感謝するは当たり前のこと。これが欠如してきた結果、命を粗末に扱う世の中に。

0090  「晩年息子と語り合えることが出来るが、父親の希望、かな」

父と息子の理想の関係は、と問われ「息子から見た場合、幼い時は間違いなく怖い存在かな。青年期になるとライバルだね。特にこの時期、父親は頭ごなしに息子を否定したらあかん。本人は一人前でないと百も承知。そこをつけば意地でも反感を。その時期を上手く通り抜ければ、必ず同士に。この流れが一番理想かな」と。

0091  「家の歴史を知る事が出来るは、菩提寺に残る過去帳」

当寺檀家の中には、200年前から戒名が残っている家が。これは何を意味するか。誰1人として親を粗末に扱う子孫がいなかったという事。当然そういう家庭は円満。何故、円満か。根底に感謝が。信長公が好んで舞った「人間50年、下天は夢」は、この世の50年あの世の1日なる意味が。ならば200年は、たったの4日。

0092  「あれから47年。小便をする度に確認し、心の中でお礼を」

私が8歳の時、突然血尿が。「止まるだろう」と夕刻まで待ったが止まらず父に告げると「いつから出とるんだ」とその時の父の慌てぶりは今でも脳裏に。「聞いて極楽、見て地獄」という諺が。診断は膀胱炎だったが、何せ8歳。初めて「死」を感じた体験だった。以来今日まで47年。毎日小便をする度にその時の父の顔が脳裏に。

0093  「頼れる人が消えて、初めて本腰に」

父が他界の数時間前「仕事が」と寺へ戻りかけるとドクターが「間に合わんよ」と。「大丈夫、戻って来るまでは逝かん」と。この言葉に何の根拠も。「親が死んだくらいで仕事休むな」との、父の言葉に従ったまで。仕事後、戻ると同時に他界。「ご苦労様。今日だけは休んでよか。が、明日から手伝え。寺が潰れるぞ」と耳元で。

0094  「親と言われる立場の人は、心に鬼一匹を」

今日だけ、と奥様の懇願で主人が会社を休み学校へ。教室では授業中というに生徒は席を離れ勝手放題。参観の母親達は教室後方で井戸端会議を。その状況に主人が堪り兼ね「こんな授業見に来たわけじゃなかぞ」と一喝。参観後先生に「モンスターは弱い先生にしか文句は言わん。親の顔色伺うよりも子供の将来の為鬼に」と。

0095  「掛け算覚えにゃ、高等数学は解けん」

基礎なる力を苦労して体得しようともせず、高い給料だけを望む若者に「ある国の愚かな国王が隣国に招待され城の最上階へ。そこからの眺めに感銘し家来に『自国にも建てよ』と。数ヶ月後、視察に赴いた国王は家臣に『わしは最上階だけ建てよ、と命令したんだ』と。基礎工事を成し、1階建立中の様を見ての激怒」の話を。

0096  「世代交代は、先代が元気なうちに」

秀忠公が「大名達は、上様、上様と言っとるが、皆心は駿府(家康)に向いておる。だが、10年も言われ続ければそれなりの姿になる」と。世代交代は親が元気なうちにするが正解。従う人達も後ろに先代が控えておると思えば安心して従う事が。後継者はその間に大いに失敗し、恥をかいて、本物に仕上げることが大事。

0097  「我慢する必要のない人生を送ってきた人なのかな」

わが寺は、四国巡礼中は全日程において酒、煙草は禁止。巡拝は基本、空海修行の追体験。よって不平不満をこの地に落とす事ならず、が原則。以前、何番札所かで遭遇した老男性が「飯が不味い。布団が古い」などの不服を。それに対し連れの方が「セレブ旅行なら別の機会に」と苦言を。物見遊山とそうでない方の差かいな。

0098  「お年寄りの知識は、宝の宝庫にて」

金剛寺にはお節介な優しい老ドクターがいて「住職、うがいは喉の血流を良くする為に、ガラガラと音を立ててせい。オナラを止める時にキュっとケツの穴を閉じるじゃろ。その開閉を繰り返す行為で前立腺が鍛えられる。コーヒーは肝臓機能促進に効果があるんじゃ、必ず飲め」と。有難いですね。貴方もこれ、如何ですか。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0071  「親離れ、それとも、子離れ、かいな」

数十年前は大学受験に親が付いてくるなんて。ところが数年前からは、男の子の受験にまで親が。その頃の親がスライドかな、最近は入社式にまで。会社側も気を使って、何と親の席までも。その絆の強さからか、何かあったら泣きついて何と親が会社に辞表を。落胆して相談に来る親バカさんに「親は必ず先に死にますよ」と。

0072  「縁に出会って、縁に気付いて、縁を活かせず」

諺に「この親にしてこの子あり」と。中にはこの親から何でこんな良い子が育ったか、というケースも。どうもこの世は、その人に欠けているものを補ってくれるように縁が流れているようで。「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」の言葉もその例の1つ、かな。但し、その縁に出会って気付いて活かせるかは、本人次第だが。

0073  「礼節を重んじていた日本人は、いったい何処へ」

四国では地元の方が巡拝者に食べ物を分け与えてくれる「お接待」という風習が。ところが最近、そのお接待をされる方々が極端に減少。理由は巡拝者のマナーの低下とか。捨て散らかしたゴミは地元の方々が後始末を。神社仏閣参拝は専ら観光が目的。手も合わせず、賽銭も打たず、おみくじだけ。日本人の礼節心は何処へ。

0074  「騙す方が悪いに決まっとる。が、騙される側にも責任あり」

「数十万、数百万とお布施を積まにゃ災難に遭うぞ、病気になるぞ、命を落とすぞ」と。「ちょっと待て、ちょっと待て、お坊さん。本来、布施って何ですのん」って話。となると、救われる人は基本お金持ちだけかいな。釈迦も、達磨も、各宗祖も、脅して人を導いたなんて話、聞いたことないがな。導かれる側も少し考えよう。

0075  「2500年前に示された教えが、最近になって立証」

以前、うつ病患者が次々お寺へ。皆30才以上の男性で、付き添いはいちいち横から口を挟む母親。「ちょっと黙らんですか。本人に話を聞いとる。この子がこうなった理由がよくわかる。君な、ゆっくりと深呼吸してごらん。脳内からセロトニンが分泌され心が落ち着くから。これは医学的にも立証。釈尊が示した禅の道だよ」と。

0076  「今の世を守ってくれた多くの命に感謝を」

戦中に最前線部隊を指揮していた檀家爺様が終戦日を迎える度に「戦闘に出たら夕刻には多くの部下が。チューンという音と共に若い命が次々に。中でも辛かったは、わしの足となってくれてた馬じゃ。撃たれて瀕死の状態に。苦しませない為、眉間に銃を」と。そこまで話すといつも嗚咽状態にに。多くの犠牲によって今の世は。

0077  「追善供養は御礼報謝、先祖を忘れない為の法要にて」

年忌法要は、1周忌、3回忌、7、・・50回忌と、えろうあるな、と。その方の恩や存在を忘れない為。親族の絆、安泰を再確認するが為。私はこの他に毎年、父の年忌を8回忌、9回忌と。その都度遠方の子供達に「今日は爺様の祥月命日10回忌。今ある幸せは全て爺様のおかげ。九州に向かって手を合わせよ」とメールを。

0078  「ガサツな人間は、あかんですな」

女房殿を待っておると、1人のおばさんが店頭カートの中にある特売品を取っては投げ捨て、取っては投げ捨てを。その扱いの何と荒いこと。男性にはあまり見かけない光景だね。睨んで見ておると気付いたのか、慌てて品を置き直し他の店へ。横にいた娘に「お前はまさかあんな事やってないだろうな。誰かが買う品物だぞ」と。

0079  「四国遍路で、あの清原和弘さんと偶然に遭遇を」

人は追い込んでも、追い込まれてもあかん。人間は基本、弱い生き物。弱いからこそ強がって見せる。存在が大きければ大きい程、弱い姿を封印。昨年の四国巡拝の折、ある札所のお寺で歩き遍路の清原さんと遭遇。声は掛けなかったが、足を引き摺り歩くその姿は真剣。何かを絶とうと葛藤していたのかな。今思うと、ね。

0080  「親子、兄弟、夫婦などの近親間でも絶えぬ喧嘩」

日本と外国では商談の考え方が全く違うようだ。特に追加注文は。日本はラッキーと割引をするが、外国では「もう利益は得た。これ以上に働けと言うなら倍額出せ」と。「ウサギとカメ」の話も。外国ではウサギを起こさなかったとカメを痛烈に批判。これ程に見解の不一致。余程話し合わんと折り合いはつかん。外交は大変だわ。

0081  「主人側の親だけが親じゃない。女房殿の両親も大切に」

妻の両親を我が家で世話する事が決まった時に娘が「何故」と。「嫌か」と聞くと「私は嬉しい。だけどお父さんの負担が」と。「有難う。が、母さんは女性だけの姉妹だろ。そんな家庭の娘さんをお嫁さんに貰おうとする男性は、その両親を見る腹がないんなら、初めっから結婚しようとは思わんことだな。そう思わんかい」と。

0082  「通夜、葬儀での法話は、故人の最後の説法を坊主が代理で」

通夜、葬儀後の説法には必ず「母死んで拝む両手があるなら、生きてる内に肩一つ揉め」の言葉を。死後に手を合わせ線香、誰でも出来る。が、老いた親を世話するは大変。我がままに加え、下の始末まで、汚い。だけどそんな体に誰がした。産んで育ててもらって、家の為に尽くしてきた挙句の果ての姿がそこに。今一度心に。

0083  「幸、不幸は表裏一体。幸せな時にこそ、気を引き締めよう」

「縁起のよい言葉を」と求められ住職が「家の外ぐるりと囲んだ貧乏神」と。憤慨して文句言うと下の句に「福の神外へ出られず」を添えられ一言半句返せず。災い転じて福となすだね。逆もまたしかり。おみくじ大吉を喜ぶ人は数多。が、後は落ちるだけ。順風満帆の時にこそ油断の心に魔の手が忍び寄る。余裕ある内に備えを。

0084  「地球は人間だけが生活しているわけじゃなかばい」

地球上で人類が生活を許可されている領域って何処までかいな。自力で呼吸が出来る範囲かいな。なら、上は8848mのエベレスト、下は素潜りが出来る深さかいな。その範囲内でも他の命との共存が。領域外においては、どうしても踏み込まなきゃならん用事がある時には、そこで生きている命に迷惑を掛けたらあかんよね。

  「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0057  「ヤクザの親分さんも女房殿には頭が上がらないとか」

29年の結婚生活で2度ほど妻からマジ蹴りを、足に。堪忍袋の尾が切れたみたいで、未だ身に覚えが。しかし、かかあ天下と亭主関白を比べた時、絶対的に腕力の強い旦那の威張り腐った態度は見るに堪えんが、その強い旦那が奥さんに怒られて「シュン」としている姿を見るは、ほのぼのとしませんか。夫婦円満の基本はこれ。

0058  「人は失って初めて、本当に大事なものの存在を」

大便小便が出て、飯が食えて、睡眠が出来て、当たり前。が、この当然と思う事が出来なくなる事こそが最大の苦に。加えて本当に大事な物は目に見えん。親の心、子の心。酸素に太陽の恵み。わが命の基盤を作ってくれた先祖の存在と業績。この目に見えないものに感謝が出来る人間を育て上げる事こそが、親という者の役目。

0059  「物事は全て年齢と経験によって、受け取り方が変わる」

禅宗には、何十年もの間、一言一句違わぬ法話を貫かれる僧侶がおられると。「この話なら前にも聞いた」と不服を言う方に「人は刻一刻と変化を。抱える問題も日々変わる。今日聞いた法話と5年後に聞いた法話が同じに聞こえるということは、その人はこの5年、全く成長していないということ。それに気付かせるが為の手法。

0060  「女房殿の幸せが、旦那にとって何よりの幸せ、だよ」

思い出深い家も捨て、産んで育ててくれた親も捨て、今日までの経歴も、全てを捨ててあなたを選んでくれた女性を何故大事にしない。一度しかない人の人生を粗末に扱うなんて失礼千万。男性は重大な責任がありまっせ。基本、人は自分以外、第三者の人生は歩けない。その道を共に歩くと決意してくれた女房殿を何故大切に。

0061  「仏教行事の風評は、巷の恐怖観念から産まれてきたもの」

友引の葬式は誰かが連れて逝かれる、と。では、千人葬式したら千人が、ですか。四十九日法要は三ヶ月に股がったら苦が身『三』に付く『月』からするな、と。仏教ではそんなこと一言も。ただ、日本人は迷信、祟りの類に敏感。弔問者に嫌な思いをさせたくない、という理由からその日を避けるという考え方なら、有りかと。

0062  「誠意を見せねば、人は決して動いてはくれん」

先日、結婚を親に反対されている若者が「破談にした方がいいですか」と相談に。「ならやめろ、と言ったらやめるんかいな。2人顔を揃えてここに来たという事は、結婚したいからだろ。どうしたら親に許しを得られますか、と何故聞かん。そんなところじゃないか、両家の親が反対している理由は。現実逃避に明日はないよ」と。

0063  「全ての物に感謝出来ない人間は、使い物にならん」

松下電器の創業者幸之助さんは新入社員採用面接で「あなたはこれまで運が良かったと思うか、悪かったと思うか」と問うて「良かった」と答えた人だけを採用していたと。その理由は、数多の支えあっての今日のわが身。加えて今ここに命があるに何不足。感謝の心があれば必ずその答えが出るはずと。この確認方法は、正解。

0064  「壁に耳あり、障子に目あり。如何なる分野にも見識者あり」

Mー1でサンドウィッチマンが敗者復活から優勝した時、予選時の敗退審査に対しオール巨人師匠が不快感を。関係者全員大反対に対し当時長嶋監督は銚子商の篠塚さんをドラフト1位に指名。2軍で埋もれていたイチローさんを仰木監督が1軍へ抜擢。その人が本物なら、必ずその道に明るい人が手を。腐らず努力を怠るな。

0065  「人を追い込んで、何が楽しい。人を泣かせて、何が嬉しい」

人を絶対に追い込んじゃあかん。抱えきれる問題の数は人それぞれ。5つ抱えれば限界の人に5つ抱えさせたら、うつ病などの精神疾患を引き起こすことに。「この問題は急ぐことはないよ」と、たった1つ外してあげるだけで逃げ道が出来、心に余裕が。特に子育ては。親といわれる立場の人は、未熟だった頃の自分を忘れぬ様に。

0066  「子は親を、親は子を選べんが、子は親の後ろ姿でどうとでも育つ」

子供は良い事も、悪い事も外から吸収してくる。これは阻止出来ん。だからこそ家庭が濾過する役目の場所でなくては。芥川龍之介さんの「河童」では、生誕決定権は赤子の方にあるらしい。その赤子が「父よ、あなたの生き様を見ていたら、私もそうなるのか、と思ったら恐怖で産まれてきたくない」と。責任があるよね、親は。

0067  「固定観念が人の足を止める事に。日本の企業の99・7%は中小企業」

「一流大を出て一流企業」と洗脳のように言われ続けた青年が就職で初めて挫折、相談に。「印象派のゴッホは数千点の作品の中にひまわりがあるが、被写体には何の意味も。それが薔薇でも、百合でも。要は技法だよ」と。「わかった、畑だね」と。「そうだ、畑は何処でもいい。その畑で君が何を磨き、実らせていくかだ」と。

0068  「昔話は老若男女を問わず、いずれの世代にも教訓を」

2月の伝統行事に節分が。鬼の訪問は「鬼門」から。所謂、牛寅(北東)の方角。魔がこの方角から入るということで、魔「ま」を滅「め」っする、という意味から「豆」を撒き始めた。が、形がないと実感が。そこで牛の角をつけ、虎のパンツを。が、室町時代は豆ではなく桃を。そこで鬼退治の桃太郎伝説が。懺悔を促す方便。

0069  「誰にでも、何もかんも投げ出したい時って、あるよね」

家族問題に対し老いた母親が「私はもう知らん。後は死ぬだけじゃ」と。その投げやりな言葉に情けないと娘が。「それはお母さん、可哀想かな。若い時には背負えた荷物が、今はもう背負える精神力も体力もないんだよ。そんな風に責めなさんな。家族の幸せを願わん親なんていないよ」と。年寄り責めるな、行く道じゃ、かな。

0070  「善悪に関わらず、全ての縁は、突如わが身の前に」

龍樹菩薩が「この世は縁で繋がってないものは何一つない。偶然なる言葉は人間がつくった言葉だ」と。確かに「この道を通らなかったら。1日ずれていたら」と。「もし、あの時」を使いたくなる縁は多数。なのに、今日やらねば為らぬ仕事を先に延ばし「だってしょうがないじゃない」と人間は開き直る。今この時を大切に。

 「坊主の説法と結婚式のスピーチは短いほど有難い」と。但し、その短文法話の中には必ず含み言葉が。講演会でよく次の様な質問を。「法話によって参加者全員が抱える問題を網羅することが出来ますか」と。対し私は「法話は話し手より聞き手の受け取りの方が大事。法話は数学で言うところの『公式』に同じ。その話に自身が抱える問題を当てはめ、自らが解決の糸口を導き出していく為の道具にするもの。これは法話に限らず、人と人との関係全てにおいて言える事にて」と説明を。その様に理解して頂きますれば、この短文法話も何かのお役に。

    金剛寺ホームページ  https://kongouji.amebaownd.com/

    金剛寺ツイッター   https://twitter.com/kongouji093

    金剛寺フェイスブック https://www.facebook.com/天徳山-金剛寺-1543297575974719/

0043  「40歳の人が80歳の人の知識、知恵、経験には、到底適わん」

老人会講演で「あるはずのないものをあると思っちゃあかん。手に入るはずのないものを手に入れようと思っちゃあかん。過ぎ去ったことをいつまでも後悔しちゃあかん。このことを一番理解しているは皆さん方ご老人だよ。さあ、この世に居れる時間はあと僅か。培った知恵を子孫に。人の命に余りの人生なんてないよ」と。

0044  「努力をする者に、努力をせん者は、絶対に追いつかん」

人類最後はウイルスとの闘いに。例えばインフルエンザ。細胞変化をしてまで生き残ろうとするウイルスに、薬だけに頼っている人間がどうして勝つことが出来ようかいな。イタチごっこがどんどんと差を。まあ、これについては素人考えだが。何にせよ「努力するもんに、努力せんもんは絶対勝てん」よね。人間界も同じかな。

0045  「大なり小なりはあっても、自分の都合で人は簡単に人を裏切る」

どこであろうと人間関係はある。人は人の中でしか生きられん。逃げることなど到底。3人寄れば、必ず2対1に。大方は優位に立てる側に靡く。年代を問わずいじめの構図がそれ。優位もいつしか立場が変わり劣勢に。人は簡単に人を裏切りよるからね。この繰り返しが人の世。巻き込まれぬ為にはぶれない生き方をすること。

0046  「人間社会は地位や名誉の向上と共に、欲にも歯止めが効かぬことに」

老いたもと婦長方が異口同音に唱えるは「医学界が堕落し始めた原因の一つは間違いなく角栄政権下で高給料になってからだ」と。思えば教育界も宗教界も政界もお金儲けの構図を中心に置き始めた途端歯車が狂い始める。「医者の不養生」と言われる様に、自分を犠牲にしなきゃならん仕事ってのがある。初志貫徹は大事かな。

0047  「何が悲しゅうして先祖が子孫を祟るかい。先祖を愚弄するもいい加減にせにゃ

土葬が主流だった昔、地域によっては遺体が起き上がってくると恐れ、その手足の骨を折って埋葬していた所が。それでも心配と「重し」として石で墓を作り始めたとか。「おいおい、そこまでせにゃならん程、故人から恨まれる様な事何かやったんかいな」と。たまに「先祖に祟られたくないから供養を」と依頼が。何か違うばい。

0048  「先祖さんを祟りの対象にしちゃあかん。まったく失礼な話よ」

義理の妹の嫁いだイギリスでは古家になればなる程その価値が高いと。加えて「ゴースト付き」となるとさらに高価格に。「守ってくれる」という考え方だとか。日本とは真逆。私はイギリス側に1票ですな。どうも日本は幽霊、祟るの類が好きな国民で。なのに異常な程に毛嫌いを。有り難いと感謝する人を祟るもんですかいな。

0049  「ちょっと待て。その一口が豚の元」

昨年、初めてツナ缶詰の売上を鯖缶詰が抜いたらしい。食べたら痩せるという情報が流れて。んっ、何、結局食べるんかいな。『ちょっと待て、その一口が豚の元』と思うが。人は失敗したらしたで何故別の道を、と悔やみ、成功したらしたでもっと他の道がありゃせんか、と欲を出す。「及ばざるは過ぎたるより優れり」ですばい。

0050  「物の成り立ちの基礎を作った人を讃えよ。真似するは簡単」

いっこく堂さんの腹話術を見て「あんなの簡単」と時間差腹話術を完璧にこなしドヤ顔する器用な人が数多に。いっこく堂さんという手本があるからね。今ある1から2を導き出すのはそう難しいことでは。が、何もない0から1を創り出していくはそう簡単なこっちゃない。先人の業績を軽んずるなかれ。真似は真似に過ぎん。

0051  「恩賞だけの繋がりが、後に豊臣政権の崩壊を導き出した」

戦後、池田首相の所得倍増、田中首相の日本列島改造、と2人の機関車がけん引。結果この国は経済大国に。だが代償も大きかった。特に人と人との繋がりが。欲と金に固執した結果、末端は町内会、家族の絆まで崩壊の一途を。今良ければの末路を表す教訓に「農薬は農毒薬の略語なり。虫は即座に、人はじわじわ殺される」が。

0052  「親を反面教師として見れる子供はそうざらには。蛙の子は蛙にて」

いい加減な親から、いい加減な子供が育ったんなら問題は起こらん。同様にいい加減な事をするだけ。問題はまかり間違って駄目親から誠実な子が育った場合。必ずこの子が家を立て直す役目を背負う事に。お墓や借金の問題。近所、親戚などの人間関係改善など。このケースはよく目にする。先人は「立つ鳥跡を濁さず」を心に。。

0053  「ハングリー精神の欠如が、人間を堕落の道に」

20年振り知人と遭遇。コックの仕事で東南アジアを点々としていたと。曰く「外からこの国を見ると恵まれとる。その国は風邪薬に限らず、全ての物に選択肢が無い。与えられた物を工夫して活かすしか。日本は金さえ出せば何でも。嫌なら捨てれば。今この国は工夫して活かす必要のない国に。知恵と忍耐が著しく欠如」と。

0054  「頭隠して尻隠さず。嘘は必ず露見する。後に結果が出るからね」

過去にサラ金で借金し自己破産寸前まで追い込まれた方の相談を数多く受けてきたが、何故かほぼ全員、借りた額の半分しか言わん。後々結果が出るから、嘘は絶対バレるんだが。露見するまでの時間が早けりゃ、小火程度で済むが。迷惑を掛けられる周りは大変。人間は2種類、嘘を付く人、付かぬ人。さあ、あなたは、どっち。

0055  「誰にでも、忘れちゃならん「あの日」というものが」

2月22日は長男の誕生日。この子のお産は「案ずるより産むが易し」とはいかず、母子共に最後の最後まで命の危険を伴った。次年より今年で28年になるが、この日には必ず本山へ御礼報謝に。女房と長男の命日になっていたかもしれない日。今の幸せは全てこの日が原点。忘れちゃならんものは、忘れちゃならん、よね。

0056  「気違いに刃物、の諺が」

原子爆弾開発に携わったアインシュタインは「まさか大量殺人に使用とは」と命尽きるまで反核を。京大山中先生のips細胞も私の個人的意見だが「暗躍に使用されねばよいが」と。このクラスの案件は表裏共に影響が大。かつてはパキスタンの女の子に平和賞を。「世界は17歳に何ちゅう重荷を」と。結局人の欲がその根底に。