令和8年10月分 金剛地住職法話

【金剛寺住職10月の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】

添付写真は、わが寺(金剛寺)の達磨大師さん。柘植(つげ)の根で作られています。

毎月1日に投稿させていただいております法話は、SNSを扱えない人達(檀家のご老人達など)の為に、コピーして配布させて頂いているものです。中には、拙僧法話を読んでいただいております社長さん達が、この1日法話をコピーして、社員さん達に配布しておられる会社も。そうした意味合いから、少々長文になっておりますので、鬱陶しいと思われる読者さんにおかれましては、どうぞ、スルーしてくださいませ。

【はじめに】

出雲地方では、古くから神無月を、神在月(かみありづき)と呼んでいます。10月には八百万(やおよろず)の神々が出雲大社に集まり、色々な事を神議(かみはか)りするという言い伝えが平安時代から。そこでは、人間が計り知る事の出来ない『神事』が話し合われると。来年の収穫や、どこどこの誰と誰を夫婦(めおと)にしょう、といった相談も。神々が出雲に集まると、地方が留守になるのでは、と。出雲に召集される神は、山野や河川に住む「国津神(くにつかみ)」で、高天原(たかまがはら)から降臨した天津神(あまつかみ)は、地方に残ったままと。また、恵比寿様、金毘羅様、道祖神、竈神も、留守居役をされると。

         令和 8 年 10 月分 金剛寺住職短文法話集

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【本文】

ジタバタしたって、死ぬ時は、死ぬ。死にとうても、死ねん。人間は寿命、病気じゃ死なない。今日までに1000人以上の葬式と、それ以上の人の「生き死に」に関わってきた拙僧の体験上の答えですね。

檀家の男性がこの度、83歳で他界しました。足腰に支障が生じ、半年ほど入院してたのですが、ドクターが「2日ほど自宅に戻して、大丈夫なら退院させましょう」と戻った初日に、母ちゃん(奥さん、80歳)のご飯が余程に恋しかったのか、アホなほど爆食いして、ゲロを吐き、気管に詰まらせ、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)であっさりと向こうの世界に逝きよりました。死因は、誤嚥性肺炎というより『食べ過ぎ』ですわな。この男性らしい死に方でしたな。元気いっぱい死んで逝かれました。元気いっぱい死んで逝ったは、37年前に同じ83歳で他界した拙僧の爺様以来です。葬式の時、導師入道で宝前(棺の前)に立った時に拙僧、読経の前に会葬者に「皆さん、この男性のお顔を見られましたか。恋女房のご飯を食べ納めして、あの世に。見れば見るほど、よう死んどります。こんな安らかな顔で死なれたら、笑って送ってやるしかないわね」と。

葬式終了後、会葬者に向かって拙僧、一口の法話を。「今から戒名の説明を。人間の世界では『死んだ』と言いますが、仏の世界では『 向こうの世界に生まれ変わった』と解釈します。生まれ変わったからには、名無しの権平で逝かせる訳にはいかない。そこで、戒名、という事になるんですな。まあ、でも、これは建前かな。拙僧は俗名を『博文』と言いますが『山本博文位』では、何をした人かさっぱり。戒名に使う漢字の中に、その人の職業、性格、生き様などがわかる様な付け方を。100年後の子孫が過去帳を見て「私の先祖は武士だったんだ、百姓だったんだ、医者だったんだ」と、何よりの家の資料に。これって、子孫にとっては、ロマンだよね。わが寺では、江戸時代後期から令和のこの時代まで、過去帳に脈々と戒名が残っている檀家が数家ありまして、これは何を意味しているかと言えば、誰1人として受け継いできた子孫が、親を粗末にしなかったという証拠にて。

こんな家(先祖を大切にする)は、当然の事ながら栄えております。栄えるとは、金持ちという事ではないですよ。代々『感謝』の心が繋がっており、家庭が円満という事です。さて、この度の他界された男性の戒名ですが『奉献院篤山善縁居士位』と授けました。子供達に「お父さんの人生を漢字1文字で表すとしたら、どんな漢字が当てはまるかい」と尋ねると、息子(50歳)さんが「父は、人と人との繋がりを非常に大事にした人でした。漢字1文字で表わすとしたら『縁』ですかね」という事で、この様な戒名に。戒名の院号、道号を『奉献院篤山』としたは、何十年もの間、奥様とわが寺の掃除や庭木の剪定を。随分とお世話になりました。戒名にある『山』とは、菩提寺の事です。100年後の子孫がこの戒名を見た時「この先祖さん、こんな戒名が付いているという事は、余程にお寺に貢献した人だったんだね」と認識出来る事に。この子孫の認識が、先祖の供養にもなります。因みに、親の年忌法要(1周忌、3回忌、7回忌、・ ・ ・ )の時、母親の悪口を言う子孫は殆どいませんが、父親の悪口を言う子孫は、ばさら(多い)に。散々悪口を言った後に「年忌法要で父親の悪口ばかり言ったら、いかんかったですかね、住職」と子供達が。対し、拙僧「大丈夫。悪口も供養です。バンバン悪口を言ってよか。あの世で『わしの話をしてくれよる』と喜んでますばい。最もあかんは、忘れ去る事、無視する事、ですよ。供養とは、産んで、育ててもらった事への恩返しです。しなくていい、というものではない」と。

さて、先月は秋の彼岸中日法要が厳修されました。小さなお子さん連れで、多くの檀家さん家族がご参拝に。法要後に10歳の男の子が「ねえ、住職さん、なんでお線香は3本立てるの」と拙僧に。対し「お寺によっては、2本立てるところもあれば、1本立てるところも。また、立てずに寝かせるところも。ここ(わが寺)では3本だが、その理由は、人間は『心と口と体』で罪を作るだろ。『口(言葉)がなけりゃ、信仰は要らない』と言われるくらい、人間の口(言葉)は罪を作る。君も人の悪口を言ったり、嫌味を言ったり、嘘をついたり、誤魔化したりした事があるだろ」「ある」「拙僧もある。その3つを反省(懺悔)する為に、その反省した事を忘れない為に、または、なるべくそんな事を言わない様にする為に、線香を3本立てる行為によって、自分の心に言い聞かせてるんだよ。他にも諸説あるが、君はこの1つの理由を知っとくだけで、よかかな」と。

続けて拙僧「それと、仏壇に蝋燭(ろうそく)と線香をお供えして、手を合わせる意味だけど、勿論、ご先祖さんに心を手向けるが第一義だが、蝋燭も線香も、誰かに火を着けてもらわないと、自力で火を着ける事は。一旦、火を着けてもらったら、自力で消す事も。燃え尽きてしまうまで、自分の身を削りながら、蝋燭は周囲に明かりを灯し続け、線香は周囲に癒しの香りを漂わし続ける。まるで、人間の人生そのものだと思わないかい。仏壇に蝋燭と線香をお供えするは『ところで私は、そんな人生を過ごせているだろうか』と、静かにご先祖さんと向き合いながら、自問自答する為だよ。それと、その時、ゆっくり深呼吸してごらん。脳内からセロトニンというものが分泌されて、イライラの心や、落ち込んだ心(鬱病、精神疾患全般)が、癒される(緩和)から」と。

それに対し、この男の子が「仏壇の前に座ると気持ちがスッキリして、心が落ち着くのは、そういう理由だったんだね。僕ね、住職さん、位牌を眺めてると、死んだ曾祖父ちゃんや曾祖母ちゃんの事を思い出せるから、仏壇の前に座るの、好きなんだよね。座る時には、時々だけど『これ、食べて』と僕、お菓子をお供えするんだよ」と。「そりゃ、ご先祖さん達は、喜んどるじゃろ。『この子は、心優しい子じゃ』と。その行為(お菓子を供える)によってな、君ら子供達は『施す』という心が、自然と身に付いてくるんだよ」「仏壇って、そう考えると大事なんだね」と、その男の子が。「非常に大事だよ。手を合わせて、頭を下げる事の出来る対象物(仏壇)が、家の中にある、ないでは、子供達の心の成長に大きな違いが出てくる。拙僧の狭い範疇での見解だが、そう感じる事が多いよ」と。わが寺の檀家の子供達とは、結構、こういう会話をする事が多いんですよね。

檀家の子供達に「人間は生きている間は、毎日の様に、好むと好まざるとに関わらず、何かしらの物が目や耳に飛び込んでくる。『何で私は今、こんなものを見せられているのかな。何で私は今、こんなものを聞かされているのかな』と考えてみるのも、結構に面白いもんだよ。『縁に出会って、縁に気付かず。縁に気付いても、その縁を活かせず』という言葉が。『出会う人(物、事故、病気なども)には、出会う様になっとる。それも、一瞬早くもなし、一瞬遅くもなし』という言葉は、明治時代の教育者、森信三さんが。また『ジタバタしたって、人間は、死ぬ時は死ぬ。死にとうても死ねん。人間は、寿命』という言葉も。真言宗の経典に『理趣経』というものがあってね、このお経に説かれている事を簡単に説明すれば『縁という縁は、好き嫌い関係なく、まずは全て受け入れよ。受け入れ、それを乗り越えた先に、この縁が何故、自分にやって来たのかが、悟られる』と。やって来るものを拒めないものって、結構沢山あるだろ。生まれて来た国、この人があなたの親、一生付き合っていく体、など。文句言っても始まらん。受け入れるしかない。受け入れた後の歩みは、自分次第でどうとでもなる。わが寺の檀家のある母親が『この子は、私じゃないと育てる事が出来ないから、私のところにやって来たんですよね』と、そんな事を言われた人もおられたよ」と。

更に続けて、檀家の子供達に「世の中には『どこをどう押しゃ、そんなに文句が出てくるんかいな』という人達がいるが、建設的(前向き)な意見を含まない、ただの文句なら、自分が気に食わん事をただ口に出すだけなら、3歳の子供でも母親に言いよる。何でもがそうだが、否定から入ったら、得るものは少ないよ。3歳の子供のまま、君らは大人になるなよ。3歳の子供のまま大人になっていいは、素直な心と好奇心だけ。いいかい、文句言い、講釈言いは、動かんと相場が決まっとる。文句言う前に、まず、動け」と拙僧、機会ある度、檀家の子供達に。子供達からの問い掛けは、自分自身を鍛え、自分自身を振り返る事が出来る、よい機会を与えてもらっている、と拙僧、そう常々感謝しております。

        令和 8 年 10 月分  金剛寺住職 臨時法話

わが寺に初参拝した30代夫婦が「ご住職の鬼子母神さんの法話を読んで、すがる気持ちで来ました。私達、不妊治療を懸命にやったのですが。あの法話の話って、そんな事が本当にあるのですか」と。対し、拙僧「子供は授かり物にて。親との縁が薄い人、子供との縁が薄い人など、代々の過去の身内(父母、祖父母など)を見た時、そんなものかな、と思える事が」と。すると、このご夫婦が「そう言われたら、私達夫婦とも、親が離婚し、2人ともひとりっ子です。親の兄弟姉妹にも子供を授かってない人達が」「親の細胞をもらって生まれて来ているからね。どうしても親の体質を引き継いでいるよね」と。続けて、拙僧「これは50年以上前の話だが、檀家さんに『ご主人には、子種が』と医師に言われた夫婦が2組おらっしゃってね。その1組の夫婦には、拙僧の父(わが寺の先代)が『人はその土地を縁に生まれて来るから、氏神(八幡さん)詣でをしなさい。その時、子供を授けて下さい、と願わず、あなた(神)の子供を私達夫婦に育てさせて下さい、と願いなさい』と。七五三詣でをするは『あなた(神)の子供をこの様に育てました』と見せに行ってるんだもんね。そのご夫婦は父からそう言われ、3年もの間、ほぼ毎日、夫婦で氏神詣でを。すると男の子が3人、ポンポンポンと」と。

更に続けて、拙僧「もう1組のご夫婦には、父が『人は1つの命をバトンタッチの様に繋いでくれたお陰で、今、私達はこの世に。納骨堂に眠っておられる代々の先祖さん達に、少しでも縁がありましたら、私達夫婦に子供を、と願いに来なさい』と。それからそのご夫婦は、11年もの間、ほぼ毎日、夫婦で納骨堂参りに。すると、男の子がポンポンと2人。『氏神に、ご先祖に、願ったから、子供が授かれたのか』と言われたら、それは甚だ信憑性はないが『願ってるから、神が、先祖が、何とかしてくれるかもしれない』という思いが、免疫を爆上がりさせて、子供が授かり易い体質に変わっていったが、本当のところではないかな、と拙僧は思うよ。数年前に、現在50歳を超えてきたこのご夫婦達の子供達(男性5人)に、自分達がこの世に生を受けた流れを話すと『知りませんでした』と絶句を。それからですかね、この子らが、納骨堂参りの回数が増えてきたは」と。

最後に、この初参拝のご夫婦に「父がこの世にいた頃、嫁がせた娘さんに赤子が授からない事で、鬼子母神さんに願掛けに来ていた檀家の母親が。父の他界後、その母親が拙僧に『先代住職に鬼子母神さんに、と言われて、願掛けを始めて7年にもなるのに、子供が出来ないじゃないですか』と文句を。対し、拙僧『お母さん、あなたが産むの』と返すと『娘に決まってるでしょうが』と。『じゃ、何故、娘さん本人が来ないの。自分の母親とはいえ、自分の願いを人に託して、自分はのほほんと。本当に娘さんは、子供が欲しいの。本当に欲しいのなら、自分で足を運びなさい、それも夫婦一緒に、と娘さんに言っておいて下さい』と、その母親に。基本、人(神仏)を頼ってばかりいる人間を、人(神仏)はいつまでも助けてはくれないですもんね」と。

続けて、拙僧「その後、娘さん夫婦は2人で、ほぼ毎日の様に、鬼子母神さんへ願掛けに。半年後、お腹に赤子が。対し、娘さん夫婦が『こんなものですか』と。対し、拙僧『知らんがな。偶然かもよ。が、拙僧においては偶然でもいいが、君達夫婦は偶然とは思わん方がいいかな。感謝がなくなるからね。子供って、結婚したらいつでも授かると思ってたろ。命を繋ぐって、そう簡単なものじゃない。そう考えたら、命を繋いでくれた祖父母、父母、その先の先祖さん達には、感謝しないとね』と、その様にその娘さん夫婦に。例えばね、子供が授かれなかった、という同じ結果が出たとしても、神仏、先祖に願ったり、医師の力を借りたり、やれるだけの事をやって子供が授かれなかった夫婦においては『これだけやって子供が授かれなかったは、私達夫婦には子供の縁がなかったんだね』と、後悔も少なくこの世を終われる。後悔するは、何も動かなかった夫婦にて。『あの時期、やれる事をやっていれば、もしかしたら授かれていたのかも』と。『子供は絶対に欲しい』という檀家女性達に拙僧『卵子の数は3歳までは200万個、25歳で30万個、35歳で5万個となる。精子、卵子の冷凍保存の受精成功率は、29%と。結婚は何歳でも出来るが、子供は何歳でも、という訳にはいかん。医学が如何に発達しようと、自然の流れは変わらん』と。何でもがそうだが、人生の晩年に後悔するは、動かなかった人間にて。わが寺は誰でも参拝出来るから、よかったら、鬼子母神さんにあなた達も」と拙僧、初参拝の30代ご夫婦に。

これは余談ですが、拙僧法話の読者若者が「番組『そこまで委員会』で『ツチノコ』の話が出たんですが、住職は『ツチノコ』ですが、本当にいると思いますか」との質問を。対し、拙僧「恐らく、体長60センチか70センチくらいの蛇が、大きな鼠か何かを丸呑みした直後に、その蛇の姿を偶然に見た人がいて『ツチノコ』という生物を作り上げたんじゃないのかな、と思ってるよ。ただ、迷信は、解明されたら、迷信じゃなくなるので、解明(発見)されるまでは、完全否定しないで、夢を追い続けるというも、楽しみ(夢)があっていいのかな、とも思うよ」と。更に、この読者若者が「じゃ、住職は、未確認飛行物体(UFO)や、宇宙人の存在については、どう思っていますか」と。「基本的に同じ考え方かな。この大宇宙の中に、知能を持った生き物が、人間だけしかいないなんて、そんな高飛車な心にはなれないな。宇宙人といえば、英国のスティーブン・ホーキング博士(理論物理学者、1942〜2018)だが、ざっくり言うと次の様に考えられていたらしいよ。『宇宙には生命は、かなり一般的に存在しているはず。ただし、人類の様な知的生命体は、それほど多くはないだろう。が、そもそも地球の人類だって、本当に知的と言えるのか、怪しい』という皮肉も言ってたらしいよ」と。

続けて、拙僧「人類が知的生命体というは怪しい、というは、拙僧もそう思うな。他の生物と同様、人類は共食い(殺し合い)をしているもんね。人間を1番殺しているは『蚊』で、人間を2番目に殺しているは『人間』だもんな」と。返して、読者若者が「住職さんが時折り、法話に書いている石川五右衛門さんの辞世『浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ』が、それでしょ。人類から『欲』がなくなる事は、基本、ないですもんね」と。「そうだね。1人の人間の誕生と同時に、1つの欲もまた、誕生してくる。未来永劫にこれが続いていく。自分の欲を満たす為には、自分以外の他を蹴散らしていくが、人間という生き物だもんね」と。

加えて拙僧、この読者若者に「ホーキング博士は、また、次の様な警告もされているようだよ。『宇宙に知的生命体がいる可能性は高いが、それらが人類にとって友好的とは限らない。地球側から積極的にメッセージを送って、相手を呼び寄せる様な事は、慎重であるべきだ。人類自身の歴史を見ても、技術的に進んだ文明に出会った時、弱い側がひどい目にあってきた、という事例(弱肉強食)が多いから 』と。つまり『宇宙人は、いるとは思うけれど、安易にコンタクトを取りに行くのは、危ないかもしれない、というスタンスが大事』とホーキング博士は言われているんだと思うよ。まあ、何にせよ、人類は現実の事だけに、しっかりと目を向けていれば、大きな過ちは避けられるはず。現実とは、やって来た縁は全て受け入れて、その縁を乗り越えた先で、何故にこの縁が自分にやって来たのかを悟れば、それでよかかな。まあ、宇宙人との交わりは兎も角として、国と国、人と人の交わりも、安易に考えず、慎重にすべきだと思うよ」と拙僧、この読者さんに。

偶に、拙僧法話の読者さんから「住職さんは、東京に仕事(布教)が多い様ですが、靖国神社には参詣されるのですか」という質問が。対し、拙僧「東京九段に赴いた時には、必ず妻と一緒に参詣しておりますよ」と。すると「A級戦犯が祀られているのに、ですか」との返しが。対し「彼らの事をA級戦犯と思っている人、日本人にどれほどいるんですかね。外国の人達が、そう言ってるだけじゃないのかな。当時の事は、当時の人達にしかわからない。世相の流れを止めるは、そう簡単な事じゃない。戦争を知らない拙僧が、戦後80年を迎えて思う事は、今のこの国の平和を築いてくれた先祖さん達に、感謝をするは当たり前の事ではないのかな」と。

田中角栄元総理が「戦争を知ってる世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢となった時は、とても危ない」と。戦争の事を本で読んだだけの未経験者、ただの『物知りさん』が如何にも、当時の事情を知ってるかの様に批判するは、如何なものかな。

次回の投稿法話は、10月5日になります。

天徳山 金剛寺

ようこそ、中山身語正宗 天徳山 金剛寺のホームページへ。 当寺では、毎月のお参りのほかに、年に数回の大法要も行っております。 住職による法話も毎月のお参りの際に開催しております。 住職(山本英照)の著書「重いけど生きられる~小さなお寺の法話集~」発売中。