令和4年3月分 金剛寺住職短文法話集

陣中(コロナ自粛奮闘)お見舞い申し上げます     3月分手紙

今月は雛祭りですね。室町時代には『紙の人形』に邪や厄を念じ、川に流す『流し雛』が主流。所謂、お遊び。現在の様に立派な雛人形を作り、家の中で祝う様になったは、江戸時代に入ってから。具の多いちらし寿司は、女の子が将来、食いっぱぐれのない様に、お吸物の蛤は、よきパートナーと結ばれる様に、との願いから。雛人形を飾る期間は、諸説様々。基本は決まりなし。が、節分で厄除した後、立春の日の以降に出して、啓蟄(けいちつ)の日(3月6日頃)、春の暖かさを感じ、虫が這い出る頃に片付けを。片付けが遅れると、嫁入りも遅れるは、単なる方便にて。片付けがきちんと出来る女の子に躾ける為、出し入れの期間を設けたとの事にて。

この時期になると母親が、次々に子供の合格祈願にお寺へ。先般も「明日、息子が試験なんです。落ち着いて受けれます様に、ご祈願を。こんな時だけ頼みに来てすいません」と。「大丈夫、大丈夫。日頃は、なしの礫でも、お金がいる時だけ連絡してくる子供の電話でも、親は嬉しいでしょ。神仏もそれに同じ。『衆生が願ってくれなきゃ、わしら、仕事がないわい』と寂しがりますばい」と。また、こんな祈願の依頼も毎年、少なからず。受験生の孫を持つ檀家婆様、爺様が今年も「住職さん。明日、孫の合格発表なんです。受かってます様に、ご祈願を」とお寺へ。突っ込みどころ満載だが『心が安心するだろうから』と、このご祈願を快く承諾した。突っ込みどころ満載、とは如何なる事か。明日発表なら、もう今、既に、結果は出てるがな。今更、ご祈願しても、合否は変わらん。よって、婆様、爺様に「今日は、特別だよ。ご祈願料は、サービスしてやる」と無料で。次の日の結果は、合格でした。即日、御礼報謝でお寺に。この話は、前の年の5月頃、この祈願された孫が「住職。コロナで学校も、塾も休みで家庭学習。勉強が出来ん」と。対し「そうか。コロナは確かに、人の足は止めたが、時間までは、止めてないぞ。受験生を含め、人類は皆、条件は同じ。時間の使い方を考えないと、来年の3月(受験)、泣く事になりゃせんかいな」と。何でもかんでもコロナのせいにする者がいる。文句言い、講釈言いは、動かんと相場が決まっとる。仕事が出来る人間は、出来る工夫を探す。出来ない人間は、出来ない事の言い訳を探す。同じ時間を費やして探すなら、工夫を探した方がよか。加えて、次の様な文句言い人間も、この受験時期にはお寺へ。「あれだけ大宰府天満宮で、合格祈願をしたのに、子供が、孫が落ちた」と神仏をボロカスに。いやいや、競争相手の子供の祖父母、父母も数多、同じ様にご祈願に行ってまんがな。神仏は、どうすりゃいいの。『あちらを立てれば、こちらが立たず』だがね。そうなりゃ、依怙贔屓出来ないから神仏も、努力しただけのご加護を与えるしかないがな。人間って、おもろいよね。合格したら「神様、仏様」と「様」まで付けて拝み倒すくせに、不合格だったら「神も、仏も、ないのか」と「様」を省いて散々文句を。ほんと、神仏も大変だわ。

【今年2月初旬、オミクロン真っただ中の頃の檀家女子高生の思い】

檀家の女子高生が「住職さん。この2年間、学校生活が全く。体育祭も文化祭も修学旅行もなし。卒業アルバムには何の思い出もなし。コロナは変異する度に弱毒に。拡散するは、なめ散らかした人間の行動が原因。学校は感染リスクの高い先生達を自宅リモートにして、生徒を学校に集めりゃいいのに。そう思いませんか。コロナ前は、私も電話不要論に賛成を。メールさえあれば事足りる、直接対話は鬱陶しい、と。が、実際、友人に会えずに自宅でメールばかりは、気が病んだ。だから、結構、電話で喋った。が、その電話も、心を満たす事が出来なくなった。人は直接会って会話をしないと駄目なんだ、とコロナに教えてもらった」と。「何でもがそうだが、失って初めて、その大事さがわかるんだよな。ほんと、コロナちゃんは、人類に様々問題定義を投げ掛けてくれたよね。何でもかんでも、コロナのせいにせず、工夫して生きていかんとな。だが、君は斬新だな。学校に重症化しない生徒を集めて、重症化リスクの高い先生が自宅でリモート授業、か。それだと日頃習えてない先生にも、他の学校の先生にも習えるしな。先生の人気、不人気の格差は出そうだが。学校に限らず、工夫をすれば出来る事が結構ありそうだね」「そうか。先生の人気、不人気の格差か。でも、それによって先生達も、マンネリ化に問題意識を持ち、教え方に工夫を凝らす様になり、質が上がるかも。他国では医師は、数年毎に更新試験があるんでしょ。日本は医師も教諭も1度、免許を取ったら、ずっとだもんね」と。「加えて、坊主もね」と拙僧。

【追伸】

読者女性が「上記法話の電話不要論ですが、実は私も大卒までは、その考え方でした。メールは自分の都合でどうとでも。が、その(スマホ)弊害か、事務職で入った会社を辞職。電話対応が緊張して出来ずに。その後も、対人対応が出来ず、職を転々と。知人にも同じ様な人が。個人の好き嫌いは通じないですよね、社会の中では」と。「スマホを持っていない頃は、電話での会話や対面対話は、どうだったの」と尋ねると「中学時代までは、大丈夫でした。今思えば、スマホを持ってから『着信拒否、既読無視』という便利な手段を得た事で、好き嫌いが極端になってきた様な気がします。社会組織と友人関係とでは、勿論、違うとは理解しておりますが、根本的には変わらない感情(好き嫌い)で動いているかな。結局、自分の感情の話ですもんね」と。対し、拙僧「便利になる事は、悪い事ではないが、当然の事、弊害も起きてくるよね。でもこれは、原始時代から、新しい道具が出る度に、人類はそうだったんじゃないのかな。『今の若い者は』の言葉が、順繰りに流れて来る様に。結局、それを得た事によって起こる様々な弊害をなくす工夫を、その縁に出会った者が克服していくしかないのかな。1人1人が自分に都合の良い事ばかりを求めていったら、当然の事ながら、人間社会は混沌とした状態になるは、仕方のないこと。1つを得たら、1つを失うは、世の習いにて。コロナ期も、まさにこれかな」と。

【拙僧家内の高校時代の話】

家内が「高校時代にね、剣道部顧問が『日曜練習の為、部員全員の弁当をお前が』と。料理は苦痛でなかったから。が、3年引退時、顧問に『この役を後輩にはどうかと思う』と言うと『何でや、花嫁修行になるだろ』と。『得意でない子は負担に。結局、母親がする事に。必ず問題に』と。私が卒業後、PTA総会で大問題に」と。少し前は、卒業式に『国家斉唱』で起立しない先生や、『君が代』を歌わない先生がいたが、生徒さん達が陰で「そんなに日本が嫌なら、外国に出て行けばいいだろ。この国で生活させてもらって、外国では考えられない程の、至れり尽くせりの制度(皆保険制度など)に包み込んでもらって。他にも、どれ程の恩恵を国からもらっているかわからんのに。感謝の心を持たない人間が、学校の先生になって、何を生徒に教えるの。自己主張を職場に持ち込みたいなら、人を育てる職業を選ぶんじゃないよ」なる学生達の声を、結構耳にしたかな。人材育成といえば、こんな話も。番組で広瀬香美さんが「絶対音感がある事で小学生時代は、虐め、仲間外れ。音楽教諭からも『変な子』と疎外。大学時代も成績最下位。理由は『ルールから、逸脱するから』と教授に。何故、この国は、枠の中に嵌めたがるのかな。島国だからね、過度に閉鎖的。今日までの常識に固執したがる国、だもんな。

【追伸、おまけ。枠に嵌めない指導】

野村再生工場とは、素晴らしい名称。選手生命が終わったといわれる人達をどれ程に救ってきた事か。わが父も本山役員時代「山本住職は、役に立たん人間を、役に立つ人間に育て上げる」と。父は常々拙僧に「先ずはその人を認めてやれ。人間、認めてもらったら、力を発揮する。否定から入るな」と。まあ、それにも限度があるが。拙僧法話の読者が「日本ハムの監督を新庄さんが、大丈夫かな。客寄せパンダかな、住職」と。「検索してごらん。巨人の槙原投手から敬遠の球を、三遊間に打ってサヨナラ勝ちした映像を。あれからだよ、敬遠球を物凄くバッターから遠くに外し出したのは。何をやるか分からない人。イノベーションの塊かな。期待大だよ」と。「敬遠球を打った映像は、見た事があります」と。「あれは、実はね、何日も前から、バッティングピッチャーに投げさせて、敬遠球を打つ練習をしてたそうだよ。それを見ていた野村克也監督(当時阪神)が「あいつ、練習してんなら、やらせてみるか」と、GOサインを。新庄さんは、指導者にも恵まれてたよね。田中角栄さんの『好きにやれ。責任は、わしが持つ』だね、野村監督さんも。新庄さんは、突飛な事をする人に見えるが、業界関係者達から言わせれば、そうじゃないってよ。現役中は、誰よりも練習していたらしいし」「じゃ、期待出来そうだね。住職が度々言われる『否定から入ったら、得る物は何もない』ですね」と。実は拙僧、幼稚園時代より、読売巨人軍の大ファンでしたが、生え抜きの原辰徳さんを冷遇、落合博満さんを引き抜いて以来、次々他球団の有力選手を。巨人のファンを止めてより30年、野球を全く見なくなった。が、この度の新庄剛志監督の日ハムとソフトバンク戦、福岡ドームに観に行きたいな、と思った。何を仕出かすか分からんところに、非常に魅力を。

令和 4 年 3 月分 金剛寺住職(コロナウイルス関連)短文法話 【その24】

【押しつけ教育の弊害】

学校保護者会で「最も疲れている時に、最も出来なくなる事は、物事を選択する事である、と専門家が。確かに、頭を使う事ほど疲れる事はない。以前、主治医から拙僧『脳も内臓だよ、住職。少しは休ませなさい』と言われた事が。精神的な疲弊(鬱、精神疾患)の始まりは『選択する事が億劫になってるか、否か』が、バロメーターになると。心が疲れている人というのは、同じ物ばかり買ったり、選ぶという事が億劫になったり、ご飯も『何でもいいや』と。そういう時には、心が疲弊している事が多い、と。これは、子供の心を推し量るのにも参考になりますよね。この心の改善方法(鬱病回避)に『人からの頼まれ事を1度、断ってみる』という方法も。『断る事が出来た』という自信(行為)で、自主性が取り戻せる場合もあると。専門家曰く。ショッピングセンターの調査で、その売り場に長くいる人ほど、お金を使うという結果が出ていると。よって、売り場に喫茶店の様な休憩場所を作り、お客様を休ませる事で、購買意欲を向上させるという手段を取っている店も。店の中に椅子のない所では『もういいや』と、疲れたら出て行くということ。そう考えると、人間は『休む』という事は非常に大事。子供を肉体的、精神的に、疲れさせる様な押し付け教育は、あきまへんで。却って、逆効果になる」と保護者達に。因みに、諺で『健全なる精神は、健全なる肉体に宿る』という言葉が。本来の意味は、頑強な兵士に向けられた言葉と。「そんな立派な体を持ってるのなら、精神の方も立派であれよ」という意味の事だと。

【追伸、余談】

人間は1日に3万5千回もの選択をしているとの事。「何を食べよう。何を話そう」等。午後の方が、午前よりも疲れているは、選択疲れによるものと。その疲れを減少させる為に、スティーブ・ジョブズさんは「服を選ぶ事で頭を使いたくない」と、故意にずっと同じ服を着ていたとの事。判断力を1日中一定に保たせる為に。

【檀家中学生から問われた疑問】

檀家中学生が「蜂の巣は何故、六角形なの」と。「決められた領域(巣)の中で効率よく、を考えた時、隙間なくが、最も大事。五角形から丸までは外側に無駄な空間が。四角形、三角形では、丸い幼虫が入ったら、内側に無駄な空間が。六角形が最も無駄な空間がない」「何で、それを蜂が知ってるの」「さあ、自然界の不思議かな。六角形で作れば、最小の材料で作る事が出来、構造上も頑丈に作れる。つまり、自然界で六角形は、最小の力で最大効果が得られる最高の形、六角形で成り立っている構造は、最も安定すると。蜂の巣、雪の結晶、水の分子、虫の複眼、亀の甲羅、海洋生物の骨格、岩、ウイルス粒子、遺伝子、等も、それ。これを『ハニカム(蜂の巣)構造』と言って『六角形の不思議』とも言われているそうだよ。人工衛星、飛行機、建築機器、などの材料にも、この構造が。これを蜂が自然に身に付けたとは、ほんと、驚きだよね。自然界にはまだまだ、習うべき物が数多にありそうだね。因みに、粘土を丸い玉にして並べ、上から圧力をかけると、隙間を埋めて、丸い粘土玉が、六角形になるという事だよ。シャボン玉でもこの現象が起こると。今度、試してごらん。知識は学問から得られるが、その知識を活かす知恵は、経験からしか得られん。経験なき知識は、ただの『物知りさん』だよ」と。

【追伸】

因みに、仏教で『6』といえば『六道』が。『地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天』と、生きとし生けるものが輪廻する世界と。人は人間、天は神。六道に共通は、寿命があるという事。寿命ある者は、死を嫌う。よって、家に死者が出たら、神棚に白い紙を貼るは、死を見せない様にするため。が、これは単に、神に対する人の心遣いにて。拙僧の父も、数多の檀家さんも、「住職、世話になったな」と何人も、笑って旅立ちを。人間が『死』を忌み嫌わんのに、神が『死』を嫌うか、と。それはないでしょ。神仏といえば以前、読者が「ところで、住職。寺院、神社のご利益って、本当にあるの」と。「願いが成就するだけが、ご利益ではないよ。不成就もまた、然り。更なる飛躍の道に踏み出せるし、諦めて別の道にも踏み出せる。今の自分を助けるも、陥れるも、過去の自分の行い。先の自分を助けるも、陥れるも、これからの自分の行い。これを悟らせてもらえるもまた、ご利益かな」と。

【時代に応じて、価値観は変化を】

さんまさんの番組『ホンマでっか』で「あなたは事を始める前に、準備しない派、準備する派、ですか」の問い掛けが。準備しない派は、現代風の人間、と。準備する派は、古いタイプの人間、と。前者は、使い捨てを主と考える人間、と。後者は、物を大事にする時代の人間、と。その是非は、兎も角、時代背景が大きく影響かな。家屋や土地に対する価値観も、そうした思考回路に準じている様な気がする。家屋や土地と言えば、田舎に住む檀家のケースでは、現在、所有している8000坪の先祖代々の土地を、40代前後の5人の息子達が「親父が生きている間に、何とか処理してくれ。俺達、こんな土地の税金払うのも、管理するのもご免だ。今後の使い道もないし」と。仕方なく市役所に「無料で提供する」と申し入れたら、市役所の方も「要りません。年間の草刈り代だけでも相当な費用が」と言って、断られたという。この様な土地を狙って、他国が購入に手を出してくるんだね。特に、価値のある土地には。それもまた、国としては、大問題なんだが。北九州でも高台の高級住宅地が、今では数多が空き家になってる。昔は、上から下を見下ろせる高台の土地家屋の所有が、人生の成功者と。が、今では『利便性に欠ける』と誰も、子供でさえも、見向きもしなくなってきた。「家を建てても、庭(植樹など)を造る人が少なくなってきた」と知人の造園屋さんが。価値観は時代によって、大きく変化を。

【追伸】

前もって『準備する派、準備しない派』では、こうした事例も。参考書を揃え過ぎると、子供が勉強しなくなるというデーターが。揃えただけで満足し、勉強した気になる、と。東大医学部500人の調査を7年間すると、以外に家の中に参考書が少ないと。わからない時だけ、それを求めると。これに対し、法話読者の高校生が「東大医学部生は、参考書を持たない人が多いは、納得です。僕の周囲にも、勉強が出来る友人達は、当にこれ。参考書を大量に買い揃える子には、授業中、ノートに一言一句、綺麗に写し取る子が多い。そんな子に限って、勉強が出来ない子が多い。参考書を買った、ノートに書いた、で満足し、その先がない子が多い。まあ、昨今は、先生が書いたものをスマホで写し撮る子も多いと聞きますが。これも一種の『燃え尽き症候群』というものですよね。大学に受かるまで必死。受かった先は、ホッとして遊び倒す。文系と理系とでは、学生の姿勢は、かなり違う様だが。中学、高校、塾、予備校は、学校の成績を世に知らしめたいが為に、昨今では、A Iを使ってまで試験内容を予測し、それを重点に勉強させ、合格率を上げる事に必死とか。その煽りが今年の共通テストに、見事に反動として出てきよりましたよね。悉く試験問題の予想を塾や予備校が外して、過去最低の得点率に。これって、何なの。出題予想が当たったら点数が上がる。外れたら点数が下がる、と。本当の意味で、子供達は賢くなるんだろうか。応用の効かない人間が、数多に出てきたは、こうした事が原因じゃないのかな」と。

【おまけの話】

檀家の仏壇参りに伺うと『待ってました』とばかりに、90歳代の婆様が「住職よ。昨日な、街に買い物に行くと、初老男性が『あんた、マスクに隙間が開いとるぞ。あっちに行けや』と、まるでバイ菌扱いじゃ。頭にきて『わしらみたいな高齢が感染しとったら、何かしらの症状が出て、外を出歩く元気などあるかい。少しは考えて物言えや』と、そのアホに言ってやったんじゃ」と。すると、横に座っていた爺様が苦笑いして「言われっぱなしで引き下がる様な、婆さんじゃないからな。わしゃ、恥ずかしくて」と。すると「何が恥ずかしいじゃ。あんなのを『何とか警察』って言うんじゃろ。ほんと、せっからしいわい。住職よ、あんたが度々言ってる『経済を止めてるは、コロナじゃない。経済を止めてるは、人間じゃ』は、当にそうだと思うわい」と。この婆様に全面的に同調する訳ではないが、細かい事をごちゃごちゃ言ってくるは、女性よりも男性の方が、圧倒的に多い様な気がするね。少なくとも、拙僧の周囲を眺めてみると。その話を聞いていたこの家の高3の男の子が拙僧の耳元で「うちの曾祖母ちゃん、凄いやろ。この前、家族で出掛ける前に姉(22歳)ちゃんが、ああじゃ、こうじゃ、と、お出掛け服で迷ってる横で、曾祖母が暫くの間、じっと見ていて、遂に『お前が思ってるほど、周りはお前になど、興味ないわい』と一喝。姉ちゃん、顔が引き攣ってた」と。拙僧、今年で還暦。今日まで、気の弱い男性には、しこたま出会ってきたが、気の弱い女性に、未だ嘗て、出会った事がない。失礼しました。

天徳山 金剛寺

ようこそ、中山身語正宗 天徳山 金剛寺のホームページへ。 当寺では、毎月のお参りのほかに、年に数回の大法要も行っております。 住職による法話も毎月のお参りの際に開催しております。 住職(山本英照)の著書「重いけど生きられる~小さなお寺の法話集~」発売中。