令和2年9月分 金剛寺住職コロナ関連法話集
人間の欲に歯止めが効かなくなった時、天はそれなりの人物(その他)を下生させ、荒療治を成し、リセットを。戦国時代には、信長公を。第二次大戦では、ヒトラーを。14世紀には、ペスト(1億人死亡)を。1918年には、スペイン風邪(5000万人死亡)を。地球は人間だけの物といわんばかりに、圧倒的に多い他生物の命(生息領域)を軽視し、自然破壊を繰り返し続けた結果、生態系が崩れ、方々で天変地異が。『そうすれば、そうなる。そうなったのに、まだ、そうするか』を自身に問い掛け『分相応に生きる』を、見直す時期に。
下記は、読者の質問に応じた拙僧の返答集。コロナ発生初期から、移り変わっていく人の心情が鮮明に。自然災に限らず、人生においても考慮すべき質疑応答にて。今後の参考にしていただきますれば、と。
【3月下旬法話読者の質問に答えて】
京都在住爺様が「住職、信長公は何故、あんな簡単に殺されたと思うや。彼の一生は人を信じて裏切られ、の連続。当時、本能寺在所は西洞院、100m四方の小寺。加えて寺内が高台から丸見え。京都守護であった腹心光秀公の謀反など頭の片隅にも。今、日本の置かれた立場は本能寺や。外国から見れば隙だらけじゃぞ」と。
【追伸】
この京都在住知人爺様(第二次大戦経験者)、この信長公の話の後に「数億人死者を出した14世紀のペストも、1918年のスペイン風邪も、最後は終息した。この度のコロナも必ず終息する。今は、各国が情報公開して拡散防止に協力し合っているが、終わればまた、国家間の争いが始まる。スペイン風邪(第一次大戦中)後、1億人も死者を出しながら、僅か20数年で第二次大戦を始めた様に。日本人は常日頃、冷静沈着、平和論者を装っているが、現実(感染)を突き付けられた途端、慌てふためき、マスクやトイレットペーパーの買い占め、隣で咳をしただけで大喧嘩、この度、平和ボケの末路を浮き彫りに。ミサイルを撃ち込まれ、大勢の日本人が、となるまで、真剣に抑止力の重要性を考えんじゃろうな。信長公が人を信じ過ぎて、攻め落とされた様に」と。
【追伸】
大戦中最前線部隊将校だったこの知人爺様が「朝に挨拶を交わした部下が昼には命を。上の命令とはいえ、そんな戦闘地に連れて行った責任を今でも。中でも、最も辛かったは、足になってくれていた白馬が、戦闘で足を負傷。助かる見込みがなく、苦しませない為に、眉間に拳銃を」と。いつもここで口が止まり、嗚咽しながら声を上げて泣いていた。爺様は他界の94歳まで毎年、白馬の命日になると「住職、供養してくれ」とお寺に。
【3月下旬法話読者の質問に答えて】
檀家両親の懇願で感染軽視の東京在住息子に「拙僧、学生時代に極道間闘争が。周囲の阻止も聞かず男性が興味本位で事務所に近付き撃たれた。10年前も単なる興味本位で中東へ、処刑された男性が。イタリアは2千が1ヶ月後に8万、死者1万に。初期感染は自然界が起こりでも、後の拡散は人災。舐めたらあかんよ」と。
【追伸】
更にこの息子に「中東で処刑の男性は拙僧の知人宅近所。日頃から人の忠告には耳を全く。死は悲しいが、前者の撃たれた男性同様、家族以外は誰も同情など。只、このケースは個人の命だけの問題。が、コロナは自分の身勝手が、他の命も脅かす事に。志村さんは感染後、数日でこの世を。人の死を無駄にしちゃいかんよ」と。
【3月下旬法話読者の質問に答えて】
烏も、猪も、熊も、猿も、本来は山の中で大人しく生活を。それを人間が山を壊し、住処を略奪。ウイルスも動物の体内で大人しく共存共栄してたのに。それを人間が自然破壊を繰り返し、生態系を。命ある者は生きようと皆、必死に変異を。人間は地球で生きていくからには、他の生物の住処を侵害せず、分相応に生きるをこの際、しっかりと考え直す必要あり。藪を突き回して、多くの蛇を世に出したは、人間にて。
【4月上旬法話読者の質問に答えて】
米国事例。手術不可能脳腫瘍の子供に精神科医師が「戦闘機を思い浮かべ、頭の中にいるUFOを毎日攻撃してごらん」と。数ヶ月後、腫瘍が消滅を。今1人は、幼児期に意識不明昏睡状態に。回復したは老人になって、心は幼児のままで。これらは、特例中の特例だが「世の中、何が起こるかわからん。諦めるな」の教訓だね。
【追伸】
医学が世に出て、今日までの研究成果や結果が、今の医学力。この米国幼児の脳腫瘍消滅も、50年以上昏睡後に開眼も、現在は未解明で不思議話でも、迷信が解明されれば、迷信でなくなる様に、特に精神分野は、まだまだ奥が深い。人類とビールスとの戦いは永遠。彼らの領域を侵害せず、変異させない研究も、必要かな。
【4月上旬法話読者の質問に答えて】
檀家達が「コロナ終焉後、世界は」と拙僧に。「必ず出てくる経済破綻国に、余力ある国々が支援を。人は食料なくば暴動を。暴動が戦争を。そうなれば、覇権争いを。もう、それを目論んで動いている国もあるかも。人間の欲には歯止めが効かない。歴史がそれを物語っている。人間は愚かなれど、そうならない事を望みたい。戦争、災害、感染と、資料の残る事例が山ほど。人類はどれ程、それらを教訓に出来ているんだろうか」と。
【追伸】
縁は不足(自分にない物)を補う様にやってくる。夫婦が端的にそれを表している。自分にないものを持つ人に惹かれて一緒になり、割り切れんものを無理矢理割り切って、わが心と折り合いを付けながら、月日を重ねていく内に、いつしか似たもの夫婦に。このコロナも、その様な縁を人類に与えてくれる為に、この世に。
【4月上旬法話読者の質問に答えて】
読者が「住職は『コロナは人類に問題提起を』と。信仰界が貰えた教訓は」と。「本来、出来ない(無い)事を出来る(有る)かの様に言い放ち、布施を積めば病気も含め、全てが叶うと金儲けしていた不届き者の化けの皮が。信仰の存在意義は人々に『安心』と、問題に立ち向かう『諦めない心』を。変われるかな、信仰界」と。
【追伸】
江戸中期に実在の禅僧、良寛さんは「災難に遭う時は、災難に遭うがよろしき候。死ぬる時は、死ぬるがよろしき候」と。これは、投げ槍な事を言っておるに、非ず。釈尊が言われた「生老病死の四苦八苦は世の常。逃れられないものは、逃れられない。まずは受け入れよ。それを乗り越えた先に、真の悟りが得られる」と。安心感向上も、免疫向上も、やる気向上も、また然り。が、指導する側がそれをダシに使って暴利(金儲け)を貪るは、あかん。願掛けや祈祷で全てが叶うなら、とっくの昔にコロナは終息しとる。
【追伸】
先代(亡父)は常々、わが寺の僧侶達に「人から相談を受けた時、必要以上にその家庭に入り込んではならん。知らない事、わからない事は、知らない、と認める勇気を持て。自分の言葉に責任が負える範囲で対応せよ。君らのいい加減な対応で、人の人生を狂わせる事になるやもしれん、を常に念頭に置いておけ。信仰には常に、この問題が付き纏う。『大賢は、愚なるが如し』を常に心に。愚かでない者が、愚かを装うは、人に安らぎを与える、を心得よ。マルクス、毛沢東が『信仰、信心は、アヘン(麻薬)である』と言ったは、如何なる事か。『使い方次第で、薬にも、毒にも、なるぞ』の忠告。使う側に問題があるは、皆まで言わずとも」と、いつも厳しく。
【追伸、有名寺院のご住職から】
某有名寺院のご住職が「他宗の事は、よくわかりませんが、どの宗(勿論、わが宗も含め)も、様々な事(信仰とは何たるかも含め)を見直す良き機会を貰えたのではないか、と。貴殿の法話で『鶯が鳴かずとも、春の訪れは草花、風、虫の動き、等から容易に知る事が。が、鳴いてくれれば春に彩りを。信仰の役目は、それにて。信仰は特別な物じゃない。特別な物にしている者がいるだけ』と。当に、その様に思います」とメールが。
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